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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
悪意無くして処刑あり
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幕引きは納得を求めずに

 処刑任務を完了した何よりもの証である標的の遺体など、何も持参することなく帰還してきたリズァーラーたちを見ても、管理官の表情に意外そうな色は浮かばなかった。


 排水管に繋がる扉から入って来た一同に気づいてもチラと目を上げただけで執務机に向かい続けている彼に対し、シェルが前に進み出て報告する。


「仕事、終わったぜ。色々とあって、処刑対象の遺体は持ち帰れなかったが……。」


「えぇ、警備部の方から報告は来ていますよ。お疲れ様です。」


 返答は、それだけであった。管理官は頭部を一周する裂け目そのものである口を、それ以上自分からは開こうとせず、淡々と事務作業を続けていた。


 リズァーラーと人間の扱いの差は、報告内容の扱いにも表れる。すなわち、任務に実際に携わって戻って来たリズァーラーたちが口頭で伝える内容よりも、人間である警備兵が現場を監視した結果の報告の方が、よほど信頼を得ているのだ。


 自分たちが遺体を持ち帰ってこなかったことに関しての弁明は不要となったが、シェルは自分たちの働きに対する補填を僅かでも得ようと交渉を試みた。


「そのー、俺たちが今回、処刑対象の遺体を放棄することになったのは、いわゆる不可抗力ってやつだ。連絡が来てんのならアンタも知ってるだろうが、警備兵さんから遺体を手放すように命令されちまってな。」


「はい、存じていますとも。」


「俺たちチームの落ち度じゃないわけだし、任務に当たって消耗した養分の補充については、その……支給してもらえたり、しないか?」


 上司とはいえ、自分たちと社会的立場が同じリズァーラーである管理官に対しても、シェルは相当に慎重な物言いであった。それは当然ながら、リズァーラーが自分の権利や、それに近しいことを主張することはタブーとされていたためである。


 管理官としては、何ら要求を主張する権利を持たぬリズァーラーの進言など無視しても構わなかったわけであるが、流石に彼自身も立場が同様ということもあってか、顔を上げてシェルへと返答する。


 とはいえ、その内容は素っ気ないものであったが。


「あなたたちの栄養源となる遺体は、あなたたち自身による処刑任務によってしか得られません。リズァーラーの養分となるという不名誉は、罪人の遺体にのみ与えられます。」


「……だよな。じゃあ、俺たちには、何も……。」


「警備部へ引き渡した死体袋、および現場清掃用の布巾などは改めて支給いたしますが、それは次回任務の通達時です。」


 シェルは肩を落とし、仲間の方へと振り返る。


 彼に対し、辛うじて同情めいた視線を返したのはベスタだけである。マナコとハリコは、早い所お気に入りのジメジメした暗がりの排水管でくつろぎたいとしか考えていないような、呆けた表情をのみ浮かべていた。


 一同が管理官の執務机に背を向け、次の任務が与えられるまでの時間を暗がりの中で過ごそうと立ち去りかけた時、ノックも無しにドアが開かれた。


 当然、排水管に繋がるドアではなく、反対側、人間が用いる清潔な通路に繋がる方のドアである。この管理官の執務室へ無遠慮に踏み込んできても構わない者は、もちろん人間の職員に他ならない。


 彼の姿を視界に入れた管理官は、すかさず席から立ち上がって深々と礼をする。


「これは、管理担当責任者様。ようこそ、いらっしゃいました。」


「あぁ、座ってて。君たちも、そのまま。」


 リズァーラーたちに今回の任務を持ち掛けてきた時と同様に、男は気兼ねなく声を掛けてくる。


 思えば、この部屋に初めて顔を出した時からリズァーラーとの対話を抵抗なく行っていた彼の振る舞いは、人間の中でも異端な所作であった。リズァーラーへの蔑みの念を隠そうともしない点は、妥当であったものの。


 緊張している様を見せているのはシェルとベスタだけであったが、ハリコとマナコも一応は足を止めて直立していた。黙りこくって立ち尽くしている一同の代わりに、管理官は男へと問いかける。


「本日は、どのようなご用件で……。」


「私の依頼した処刑任務、うまく片付けてくれた褒美をやりに来た。」


 小脇に抱えて来た硬質のケースを、男は管理官へ差し出す。


 恭しく受け取ったそれを管理官が開けてみれば、中に詰まっていたのは赤黒い液体の詰まった四つの瓶であった。


「今回、まぁ色々事情があって、処刑された奴の遺体は我々が引き取っただろう。代わりにリズァーラーたちがありつける血肉を、こちらから用意してやらねばと思ってね。」


「ということは、この中身は……。」


「また別件だが、ちょうど我々の管轄内で新鮮な死体を手に入れる機会があってだな。そいつの遺体を破砕機にかけて、スムージーにしたものだ。」


 先ほどまで興味なさそうに状況を眺めていたマナコとハリコだったが、その説明を聞いたとたんに目を輝かせて顔を見合わせる。当然ながら、任務活動に費やした分の栄養価に飢えていたことはベスタもシェルも同様であったが、こちらの二名は僅かの戸惑いとともに顔を見合わせていた。


 リズァーラーによる処刑任務とは別件で、人間の遺体が得られたという報告は余りにも不穏だったのである。リズァーラーたちに血肉の詰まった瓶を配っている管理官の背後で、シェルと目があった職員の男は笑顔を向けた。


「いやはや全く、こちらの思惑をきちんと汲み取ってくれて助かるよ。君は、この地下都市で長生きする術をよく理解しているね。」


「それは、どうも……。」


 職員が満足げに告げて来た内容は、シェルの憶測が正しかったことの証でもあった。


 パイプラインから不正な空気供給を受けていた張本人には害が及ばず、何の罪もない作業員が一人処刑されるだけで一件落着とする。もしも犯人が下層街に住まう貧困層の市民であれば管理局も容赦なく犯人の処刑を命じただろうが、上層街に住む富裕層の市民が犯人だとしたら話は変わってくる。


 利用料金を支払おうと思えば支払える連中である。不正な受給を指摘し、罪状を発行したとしても、消費した分の空気料金が後から全て支払われれば、その罪状自体が不適切なものとなってしまう。不当な侮辱を受けたとして富裕層の市民が訴えた場合、不正を指摘した側が糾弾の対象になりかねない。


 ゆえに、管理局の職員たちは、富裕層の市民が行う不正を指摘すること自体を回避する傾向にあった。


「先方のメンツを潰さず、我々も管理局として仕事をした証を残せる。そのために、君たちが処刑した作業員の遺体は我々が引き取ったわけだ。」


「その、俺たちが処刑した作業員は、どういう扱いに……。」


 シェルは思わず問いかけていた。職員の男は機嫌が良かったおかげか、彼の問いを無視することなく返答した。


 その問いの狙いは、彼の思惑とは別な受け取られ方をしたものの。


「うん?悪いが、遺体はこちらが預かったからね。君たちの餌にはならないだろう、だからこうして代わりの血肉を持ってきてやったんじゃないか。」


「いえ、その件ではなく……あの作業員は、罪人として処理されることになるんでしょうか。」


「当然だとも。」


 何の迷いもなく、職員の男は返す。シェルの憶測通りであり、恐れていた通りの返答であった。


「あの作業員は、パイプラインの修理を依頼されて、その仕事を忠実にこなしていただけなんです。本来の意味での罪人とは、ほど遠い存在だったんですが。」


「おっと?まさか、君、彼に同情しているのか。これは面白い、人間がリズァーラーから同情されるとはね。」


 口先ではそう言ったものの、その表情は口角を歪めて微笑んでいる程度であった。


 彼が早くも、この会話に飽きつつあったためであるが、無知で低能なリズァーラーどもに教え諭してやる立場には快感を覚えているらしく、幼児に言い含めるような丁寧な口調を作って説明し始めた。


「君たちの立場を理解できているかい?仮に、罪人ではない市民を処刑してしまった場合、君たちは誤った対象を殺害したことになる。そうなれば、このチームは取り潰しだ。君たちは役に立たないリズァーラー、不良品として処分される。」


「……はい。」


 これ以上言い返しても、相手の苛立ちを誘発するばかりだと判断したシェルは、従順な態度を作って頷く。


「事実がどうであるかなど、記録には残らない。今回処刑された男は作業員の立場を悪用して故意に不正なパイプラインの接続を行っていた……という扱いで、管理局内では処理することになる。一件落着、見事に悪人を処刑した君たちの仕事ぶりも評価される、実にスマートな解決を見たじゃないか。」


「作業員は処刑間際、家族がいると言ってましたが、彼らの名誉に関しては……。」


 それでも、どうしても心に引っ掛かり続けていた内容をシェルは口にせずにはいられなかった。


 自分の言いたいことを全て言い終えた職員の男は、いよいよ興味を失った様子で素っ気ない返事だけを与えただけである。


「罪人の遺族の扱いなど知った事ではない。さて、そろそろ私は仕事に戻らなければ。」


「いってらっしゃいませ、今後とも我々処刑チームをよろしくお願いします。」


 管理官が再び深々と頭を下げている前で、職員の男は背を向けてツカツカと出ていった。


 リズァーラーたちも管理官の執務室から退室し、いつもの居場所である薄暗い排水管の自室へと帰っていく。


 職員の男とシェルが会話を交わしている間、待ちきれない様子で瓶を眺めまわしていたマナコは、さっそく蓋を開け、中に満たされているドロリとした赤黒い液体に指を浸した。


「おぉぉ、これは上物ですよぉ。今回の処刑対象さんもそこそこの栄養状態でしたけどぉ、こいつぁ別格ですねぇ!」


「ウァ、ウォォ。」


 ハリコも続き、感嘆の唸り声を漏らしている。いつも冷静なベスタもまた、滅多なことではありつけない良質な血肉に触れて思わず声を高ぶらせていた。


「量は控えめだと思っていたけれど、貧困層の遺体の倍は栄養価を含んでいるわね、これ……。富裕層の市民の遺体かしら。」


「富裕層となれば、権力抗争か何かに巻き込まれた犠牲者かもな。」


 だとすれば、シェルが先ほどまでずっと気に掛け続けていた作業員以外にも、本来罪のないはずだった存在が処刑されることが常態化している可能性がある。


 並んで歓声をあげながら、ペースト状となった人間の血肉を自分たちの腕に塗りたくっているマナコとハリコを見つめながらも、シェルはこの地下都市における暗がりの深さに思いを馳せていた。


 が、どれほど暗い場所であったとしても、リズァーラーには他に居場所も無く、現状の社会構造が彼らの存在を支えていることに違いは無かった。

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