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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
悪意無くして処刑あり
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述懐の暇なく畳まれて

 現場が明るく照らし出されていたのも手伝って、処刑対象の遺体を収容するリズァーラーたちの手際はスムーズであった。


 折りたたんで丸めていた死体袋を広げ、中に作業員の亡骸を押し込む。処刑執行の最中から、周囲に広がっている流血の回収をも気にしていたマナコは、血だまりに布切れを浸しては、たっぷりと血液を吸ったそれを死体袋の中へ投げ入れていた。


「やっぱり、貧困層の身体とは栄養価が違いますねぇ。回収作業しているだけなのに、指先が喜んでますよぉ。」


「ウゥー。」


 マナコの言葉に相槌を打つように、唸り声を上げるハリコ。


 とはいえ、さすがに流れ出た血液の量が多すぎたのか、持参した粗末な布切れが全て赤い滴りを含んでもなお、床一面に広がった血だまりを拭き取りきるには足りない。


 マナコは手のひらを赤黒く湿った床に這わせ、犠牲となった作業員の血液を念入りに皮膚へと擦りこんでいた。隣では既に、四つん這いになったハリコが両手で床の血だまりを盛んに撫でまわしている。


「ウゥ、ウゥ゛。」


「こんなに養分たっぷりの体液、このまま放っておくにはもったいないですねぇ、すこしでもこの場で吸収しちゃいましょう。これはダメじゃないですよね、警備兵さん?」


「処刑対象の遺体の扱いは、リズァーラーに任せると定められている。」


 変わらずじっと立ち尽くして現場を見つめている警備兵からも許しが出たことで、マナコは一段と明るい声で仲間へ呼びかける。


「ベスタさんもシェルさんも、いかがですかぁ?」


「そうね。シェル、私たちが帰還を急ぐ必要はある?」


 ベスタもしゃがみこんで、指先を血だまりの中に浸し始める。


 マナコやハリコほど夢中になっている様子は見せず、いつも通りに冷静さを保ったままのベスタ。が、やはり彼女もリズァーラーらしく、人間の遺体から零れ出た体液の栄養価に惹かれることには変わりないようであった。


 質問への返答がすぐに来ないことを不審に感じたベスタは、振りむいた先にシェルがボンヤリと立ち尽くしている姿を見出した。


「シェル、どうしたの?」


「……いや、何でもない……」


 自分の体重を支えるのに疲れたかのごとく壁に手をついて、その下半分しかない顔面を深く俯けていたシェルの所作は、何かに思い悩んでいる様そのものであったが。


 今までは、地下都市という閉鎖コミュニティの運営を脅かす罪人を処刑することなど、至極当然の処理であった。が、死ぬことが必然から全く遠い存在、不条理かつ不本意に今後の生を断たれた作業員を前にして、シェルには割り切れない思いが募りつつあった。


 何を割り切ることが出来ないのか、現時点での彼には詳細な自己分析を行う余裕もなかったものの。


「あぁ……そうだ、帰還の話だったな。別に急かされてるわけじゃ無ぇ、むしろ時間をかけて現場の後片付けをしてる様を見せる方が、後から来る清掃チームの心証も良くなるだろ。」


「リズァーラーが、処刑対象を食い散らかすだけの存在だとは思われたくないものね。ほら、シェルも。」


 ベスタが彼に向って促したのは、当然ながら床に広がる血だまりに手を浸して、自分たちが活動するための養分を吸収する作業であった。


 が、シェルが重い心境を引きずるようにしてノロノロと近づいてくるより先に、足音の群れが通路の向こうから聞こえてくる。


 遺体清掃のチームにしては、やけに重々しい足音が多いように感じていたシェルであったが、果たして姿を見せた彼らには複数名の警備兵が随行していた。


「現場の監視、ご苦労。」


「はっ。」


 床に這いつくばって血だまりを撫でまわしているリズァーラーたちには目もくれず、後から到着した警備兵たちは、先ほどまで監視任務を続けていた警備兵と敬礼を交わす。


 全く同じ装備で身を固めた警備兵たちの外見上は区別し難かったが、どうやら今来たのは上官らしく、今までリズァーラーたちの監視を行っていた警備兵の方は速やかに彼の背後へと引き下がった。


 清掃作業の準備を開始する面々を背に、警備兵の上官はリズァーラーたちの方を向き、しかし顔をわざわざ彼らに向けることなく淡々と連絡事項を述べる。


「通達。本任務の処刑対象について、遺体収容は警備部隊に委任せよ。以上。」


 それはいかにも事務的に、伝える必要があるから仕方なくリズァーラーに言葉を掛けているといった無気力な調子で行われた。


 本来、蔑まれる身分のリズァーラーに対して人間が見せる態度としては、あまりにも一般的な姿である。が、先ほどまでの警備兵が妙に丁寧に応対してくれていたのに慣れていたリズァーラーたちには、反論の余地が与えられているかのような感覚が残っていた。


 たった今通達された内容が、せっかく任務達成して入手した養分の源を手放せとの命令でもあったためだ。真っ先に抗議の声を上げたのはマナコである。


「えぇ~?ってことは、私たち、処刑任務のごほうびにありつけないってことですかぁ?」


「……。」


 警備兵たちからの返答はない。


 さすがに単なる愚痴にしか聞こえないマナコの物言いでは相手されないのだろう、と判断したシェルは多少抑えた声色で言葉を継いだ。


「警備兵さん、俺たちリズァーラーが処刑対象の遺体を持って帰るのは、その処理に余計なリソースを割かずに済ませるためでもあるんだ。遺体をリズァーラーの養分として吸収しちまえば、衛生状態に気を遣う必要もない。だろ?」


「……とはいえ、たった今の通達内容はすでに決定事項であり……」


「おい。」


 シェルの進言に対して反応を示したのは、先ほどまでリズァーラーたちの監視を行っていた警備兵であった。リズァーラーに対してもやけに親切に返答を与えていたその姿勢は、先ほどまでと変わらない。


 が、その返答を遮ったのは警備兵の上官であった。


「リズァーラーに返事してやる必要はない。」


「はっ。」


「お前も人間の警備兵としての権限を与えられているんだ。自覚を持て。」


 全く同じ、警備用の装備で身を固めた二人であったが、上官からの注意を受けた警備兵の方は幾分か縮こまって見えた。


 リズァーラーには反駁の余地が一切残されていないことにまだ気づいていないマナコはゴネ続けようとしたが、ベスタによって止められた。


「ですけどぉ、私たちに養分が行きわたらなければぁ、次の任務にも支障がですねぇ……」


「マナコ、口を閉じて。命令に従って、私たちは何も持たず帰還するしかない。」


「ウ゛ー……。」


 ハリコも不満げに低い唸り声をあげていたが、こちらを威圧するように黙って視線を向けてくる警備兵たちと清掃チームの前では、渋々ながらも死体袋を残して立ち去る他になかった。


 閉め切っていない死体袋の中から覗く、断末魔の表情を浮かべた作業員の顔へチラと視線を投げてから、シェルは彼らに向かって告げた。


「……じゃあ、処刑任務は完了ってことで。俺たちは帰還するよ、邪魔したな。」


 帰路は来た時よりも身軽になったリズァーラーたちの背後を、今や完全に返答をしなくなった監視の警備兵がついてくる。


 シェルの気分が沈み続けている原因は、処刑対象の遺体を持ち帰れなかったことではなく、処刑された作業員の受けた理不尽な仕打ちをふたたび思い返していたためであった。


 が、彼が飢渇のために落ち込んでいるのだと勘違いしたマナコは、トボトボ歩くシェルの右隣へ寄って来た。


「残念ですねぇ、シェルさんも私たちと一緒になって、あの血だまりに手を浸しておけば、ちょっとは栄養も満たされたんですけどねぇ。」


「いや、今回主に動いたのはベスタとハリコだ、俺は大して消耗もしてないし……」


「私も大して動いてませんけど、わりとたっぷり処刑対象の体液を吸わせてもらいましたよぉ。ほらっ。」


 そう言うと、マナコは唐突にシェルの右手を握り締めた。


 つい先ほどまで、床に零れていた血液を吸っていただけあって、彼女の掌に染み込んだ生臭い湿り気に、シェルの手は自ずから吸い付くようであった。


「シェルさんにおすそ分けですよぉ。まだ完全に体内に吸収されてないのでぇ、表皮を通じて養分をお渡しできますからねぇ。」


「そんな、いいって、俺は……」


「リコくんも、シェルさんの左手を握ってあげてくださいよぉ。私以上に夢中で、さっきの血だまりを両手で吸収してましたからねぇ。」


「ウン。」


 マナコから促されるままに、反対側から近づいてきたハリコはシェルの左腕と手を繋ぐ。


 現に養分の供給が得られたためかもしれなかったが、両手を仲間と繋ぐ所作をくすぐったく感じつつも、シェルは重苦しい感覚が少し和らいだようであった。似たようなことを感じていたのは、マナコも同じだったらしい。


「なんか、いい雰囲気ですねぇ。ほら、ベスタさんも、皆さんでお手々繋いで帰りましょぉ。」


「私は、いい。全員が手を握り合っていては、咄嗟の状況に対応できないでしょう。」


「真面目ですねぇ、ほらぁ、こういうの、まるで人間さんが言うところの家族みたいじゃないですかぁ。えへへぇ。」


 リズァーラーたちに生前の、人間として生きていた頃の記憶は無かったが、ただ人間たちがどのような生涯を送っているのかについて知識が全く無かったわけではない。


 家族、という小集団が、何やら居心地の良いものであるらしいこともおぼろげながら知っていた。つい先ほど処刑した作業員にも、家族がいたわけだが。


「シェルさんがお父さんでぇ、ベスタさんがお母さんでぇ、私が娘でぇ、リコくんは弟でぇ……」


「ウゥ゛ゥ゛……。」


「チビ扱いされて、ハリコは不満らしいぜ。」


 シェルの表情から徐々に曇った色が拭い去られつつあるのを認め、マナコのお喋りの声は明るさを増していく。


 ただ、リズァーラーたちにとっては、単に互いを害する恐れのない集団としての認識より先は無かった。


 浮薄な家族ごっこに興じる一同を、背後から監視しながらついてくる警備兵はただ黙って見つめるばかりであった。

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