罪なくして裁きあり
違法に増設された空気供給管を遮断する作業は、ただバルブを締めるだけで済ませたものの、残る問題はリズァーラーたちの隠れ場所である。
自分たちの住まいへの空気供給が停止したと気づけば、違法パイプラインを設置した犯人は直ちに修理要員を送るであろう。その待ち伏せを成功させるためにも、リズァーラーたちは身を潜めていなければならない。
が、天井や壁を這うように延びる無数のパイプラインが設置された長大な廊下には、都合よく姿を隠していられる小部屋も物陰も無かった。
「そもそも隠れる必要なんてない、ってことはありませんかねぇ。ほら、警備兵さんと同じく、私たちも定期巡回してるってことにするんですよぉ。」
相変わらず緊張感無しにマナコが述べた提案には、大方の想定通りに現実味がなかった。
返答内容は分かり切っていたものの、シェルはずっと自分たちの監視を続けている警備兵に向かって、このあり得ない仮定の説得力について問い質した。
「なぁ、金持ちの街に生活リソースを供給している設備のメンテナンスエリアで、不潔で蔑まれるべき俺たちリズァーラーが、警備兵のオトモとして雇われることはあるのか?」
「あり得ない。」
シェルの自虐的に引き延ばされた問いかけを、警備兵の呟きが一蹴する。
壁面を埋め尽くすパイプラインの群れを、念入りに観察し続けていたベスタは首を横に振って他の隠れる手段が消えたことを告げた。
「この裏側に身を隠せそうな空間も無い。」
彼女の隣で、多少パイプ同士の隙間の空いていそうな場所へとハリコは手を伸ばしていたが、警備兵からの警告がすかさず飛ぶ。
「触るなと言っているだろう。」
「ウゥ゛ゥ゛ー……。」
警備兵を軽く睨み返し、唸り声をあげながらもハリコは後退する。空気の供給ラインという重要な設備に、不用意に触れること自体が禁じられている状況では、もとより隠れ場所としての活用は望めなかった。
いよいよこの場では隠れられる空間が無いと悟り、さらに通路の曲がり角は相当離れた位置にあることを図面で確認したシェルは、いかにも万策尽きたかのように後頭部を掻いてみせた。
「参ったな。こんなことなら先に隠れ場所を確保しておいてから、空気供給の遮断を実行すりゃよかった。」
「今さら後悔したって……どうするつもり?そろそろ、犯人側から送り込まれる修理要員が到着するかも。」
「シェルさん、何の隠れる準備もしてなかったんですかぁ?珍しく、ウカツですねぇ。」
「ウゥ゛ゥ゛ゥ゛。」
用意不足をチームメンバーから口々に責められるシェルであったが、ひとしきり悩むそぶりを見せる段階は十分と判断したのか、腰に下げた工具袋の端から折りたたまれたシートを取り出した。
それは保管されている資材を梱包するために一般的に使われている保護シートであった。ごく薄いものだったが、風雨にさらされることの無い地下空間においてはガラクタと区別する目的の方が大きかった。
「俺たちはこのシートに包まれた状態で床に寝そべって、標的を待ち伏せる。ピクリとも動かずにいれば、他の工事に備えて資材が積まれているのと変わりないように見えるだろ。」
「もしも、やって来た修理業者がシートをめくって中身を確認しようとしたら、バレてしまうけど。」
懸念を述べるベスタの目の前を遮るように、シェルは警備兵を指さした。
「こちらの警備兵さんは、俺たちのことを監視するのが仕事だ。つまり、保護シートを被って資材になりすましている俺たちのことも、ずっと監視し続けるってことだろ?」
「たしかに……武装した警備兵が監視し続けている資材を、必要も無いのに見に来る作業員は居ないでしょうね。」
「もちろん、俺たちが隠れていることを、警備兵さんにワザとバラされちまったら話は別だが、それはアンタの仕事じゃないんだろ?」
「……あぁ。」
シェルからの問いかけに、警備兵はやはり言葉少なに応えた。
身の隠し方も決まった今、しいて残る問題を挙げるならば、面積の限られた一枚の保護シートに4名全員が包まれている必要があることだった。人間ならばそんな窮屈な状態で待ち続けることを耐えがたく感じただろうが、リズァーラーたちにとってはさして大きな問題でもなかった。
視覚を補助する役目のシェルとマナコが床に横たわり、標的に噛みつく役目のベスタとハリコがすぐに起き上がれるよう、その上に寝そべる。
「ベスタちゃん、ちょっと重くなったんじゃねーの?前回の養分液、腕の治癒のために分けてやったのが多すぎたか。」
「うるさい。」
ハリコは、うつ伏せで寝そべっているマナコの背中にそっと体重をかけた。
既に肉体が死しているリズァーラーには体温や呼吸などなく、皮膚の下での菌糸の蠢きと、押さえつけられればじわりと滲みだしてくる湿り気だけが被服を通して伝わってくる。マナコは振り返り、瞼を固定する器具で開き切った左目をハリコの方に向けて口を開く。
「リコくん、もっとお構いなしに私の上に乗ってくれていいんですよぉ。可愛らしい重みを背中に感じるのは、他にはない快感ですからねぇ、えへへぇ。」
「ウ゛ー……。」
相変わらず愛玩動物のごとき扱いを受けたハリコは、不満げに低く唸りつつもマナコの背にピタリと身体を添わせた。
一同の動きをじっと監視し続けている警備兵は当然ながら手伝ってくれない中、身体を寄せ合って横たわったリズァーラーたちはどうにか自分たち4名全員の身体を保護シートで包み隠す。
床との間にかろうじて外の状況を覗き見る隙間をシェルは作りながら、自分の背に寝そべっているベスタに小声で尋ねた。
「今の小芝居、うまく警備兵に伝わっただろうか。」
「小芝居って、何の。」
「俺たちが間抜けな所を見せる小芝居だよ、隠れる場所が無いことに後になってから気づくだなんて、リズァーラーはバカな連中だとでも思ってくれればいいんだが。」
「この資材保護用シートを前もって準備していた時点で、むしろ周到に用意する小賢しさが伝わった気がするけど。」
「そっか……。」
シェルの懸念は、頭の回るリズァーラーは命令を下す側から疎んじられかねないという点に終始していた。
標的の到着するまで、待ち伏せに要する時間はさして長くはなかった。空気の供給がひとたび停止してしまうと、それが再開するまで我慢してさえいれば済むはずもなく、代替手段で呼吸に適した空気を得なければならない。
ゆえに修理作業が急がれるのは当然の事であった。
そして、警備兵が推測していた内容の通り、姿を現したのは違法な侵入者然とした人物ではなく、工具箱を抱えて清潔な作業服に身を包んだ、外見上に何の怪しい点もない、設備修理業者であった。
「不具合のあった供給管の管理番号は……このレーンだな。急がないと。」
パイプラインが壁面や天井をはい回る長い廊下を、雇い主から急かされているらしく足早に歩いてきた修理業者。
不具合を起こしたパイプラインを見つける前に、彼の視線は否応なしに物々しい装備を身につけた警備兵と、その脇で保護シートに包まれている資材の塊へと向けられた。彼は戸惑いながらも、警備兵へ向けて挨拶する。
「ど、どうも、お仕事お疲れ様です。えぇと、何か事件か事故でもあったんでしょうか?」
警備兵はチラと修理業者の胸元につけられた名札、そこに書かれた肩書きへ視線を向ける。設備修理の仕事に就いている市民については可能性の低い話であったが、仮に富裕層や統治者層に属する人間が相手であれば、応答する言葉遣いに気を付ける必要があった。
相手は単なる作業員であり、特別な応対の必要はないと認めたのか、警備兵は先ほどまでと変わらず無機質な声色で返事をする。
「事件や事故の報告はない。自分は監視任務中だ。」
「あぁ、それは、なにより……僕は今から、このパイプラインの修理を行いたいんですが、問題はないでしょうか?」
「問題ない。」
最低限の内容だけを返答する警備兵に緊張しながらも、作業員の男は修理を始めた。
一方、保護シートの下に隠れて状況に目を凝らしているシェルは、声こそ出せないものの、現れた標的の姿を前にして多少なりと動揺していた。
たしかに、正規の手段でこの場を訪れる業者が現れるだろうとの内容は、前もって予測していた通りである。が、現に処刑すべき標的として彼の姿を見た時、今まで処刑してきた標的たちとはかけ離れた身なりであることは際立った。
「その、作業の間、音を立ててしまうかもしれませんが……」
「構わない。」
警備兵に逐一確認を取るその口ぶりも丁寧で、顔つきにも荒んだ表情がまるで見当たらない。髪はきちんとセットされ、下層民特有の不潔さとは無縁である。
貧困層の住まう下層のゴミゴミした街並みの中で、薄汚い身なりの標的を噛み裂いて処刑するのとはわけが違う。これまで真面目に真っ当に人生を歩み、罪らしい罪を犯したこともない作業員が、ただ成り行きに巻き込まれたためだけに処刑の標的と定められている。
むろん彼を修理業者として雇ったその主こそが、違法な行為に手を染めているわけだが、雇われた側の作業員にそれを知るすべはない。
「……いや、分かってた、分かってたけどよ……。」
唇だけを動かして、シェルは自分が今さらに見出した苦慮の念を吐き出さずにはいられなかった。




