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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
悪意無くして処刑あり
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出迎えは殺菌とともに

 人目を避けて行動するリズァーラーとしては一般的な移動経路、すなわち排水管を通り抜けて、一同が到着したのは上層街……の、設備メンテナンス区画である。


 蔑まれる身分のリズァーラーが、富裕層の居住区画に踏み入ることなど許容されるはずもない。作業員しか立ち入らない設備管理用のエリアであればこそ、今回の任務を受けて進入を許されているのだ。


 とはいえ、上層の街へのリソース供給を担う設備が立ち並ぶ重要な区画。薄汚れてジメジメと暗い下層街とは打って変わって、十分な明るさをもたらす照明に湿度温度の管理設備もある。人が住むためではないエリアでありながら、既に貧困層の居住区画よりも快適な空間となっている。


 そんな清潔な空間へ迷い込んだネズミのごとく、排水管の蓋を開けて顔を出したマナコを、出迎えたのは防護服で全身を覆った警備兵であった。


「あ、どうもぉ。私たち、市民生活管理局の任務でお邪魔させていただいてますぅ……」


「知っている。全員、壁面に沿って並べ。」


 瞼を固定する器具で見開いた目をキョロキョロさせながらマナコが挨拶を投げかけたのを、遮るように警備兵は手短な指示を出した。


 マナコに引き続き、シェル、ベスタ、そしてハリコもどうにか身体が通れるほどの狭い排水管から這い出して来る。


 地下都市の統治者によって運用される警備兵は、あらゆる任務状況を想定した装備品を身につけている。地下空間で最も容易く直面する酸素不足への対処も当然ながら念頭に置かれており、彼らの顔面は空気タンクに接続されたフルフェイスのマスクで覆われている。頭部をすっぽりと覆うようなフード型のヘルメットからは、視覚情報を補助する機器のレンズが覗いていた。


 毒性のガスや極度な高熱および極寒に晒されることにも備えたマスクは分厚く直接の声は通さず、その胸部につけられたスピーカーを通して警備兵の声は人工音声のように聞こえた。


「おい、おい!ちょっと待ってくれ、アンタが今俺たちに向けてるそれは、何だ?今から何をする気だ?」


 シェルは多少慌てた口調で尋ねる。


 リズァーラーたちが指示通りに壁際で並んだのを確認し、警備兵は小さなタンクから伸びるスプレーノズルを彼らの方へ向けていた。


 リズァーラーが人間から命令されることはあれど、マトモに質問に取り合ってもらえることはほぼ無い。その点、不愛想な態度ながらも、シェルに対して答えを返したこの警備兵は相当に良心的だったと言っていい。


「お前たちの殺菌と消臭を行う。上層の街への空気や水の供給を管理するエリアで、不潔な連中を歩き回らせるわけにはいかない。」


「私たち、出発前に出来るだけ清潔にしてきたつもりだけれど。」


「ウ゛ー。」


 ベスタは言い返し、彼女の隣でハリコも不服そうな唸り声を上げる。


 が、人間側の決定事項をリズァーラーの言い分で覆せることなど有り得なかった。


「排水管を通って来た時点で、清潔さは失われている。お前たち雑菌にとっては清潔なつもりかもしれんがな。」


 今度こそ、警備兵はリズァーラーたちの返答を待つことなく、スプレーノズルから真っ白な薬剤を噴射し始めた。


 前回の任務で、同じような真っ白な粉末である乾燥剤を浴び、片腕が乾涸びてボロボロになったベスタはビクッと身構える。が、警備兵の言葉に偽りはなく、たった今浴びせられている薬剤は確かに殺菌消臭を目的としたもののようであった。


 人間の遺体に菌類が繁殖した存在であるリズァーラーにとって、殺菌効果は決して心地良い要素ではなかったものの。


「うあぁ、全身がヒリヒリしますねぇ。目もなんだかチカチカしますよぉ。」


 薬剤の噴霧が終わってもなお白い粉末の煙が立ち込める中、マナコは開きっぱなしの目を片手で抑えながら、顔まわりに付着した粉末を念入りに払い落としている。瞼を閉じることの出来ない彼女は、薬剤を吹き付けられている間、顔をガードすることで精一杯であった。


「ブルルル!ウウゥ゛ゥ゛ゥ゛……!」


 大きく欠損している頭部の殆どを布で覆い隠しているハリコは比較的被害も少なかったが、全身を震わせて薬剤の粉を払いのけた後、敵意を込めた唸り声を警備兵に向けている。


「ちきしょう、俺たち菌類に向けて殺菌剤を吹き付けるとか、タチの悪い冗談だぜ。」


「任務行動に支障が出たら、どうするつもり。」


 シェルとベスタも次々に抗議の声を上げるが、警備兵は淡々と言葉を返すのみであった。


「メンテナンス区画の衛生状態を損なう方が、よほど大問題だ。さっさと任務行動を開始しろ。」


「……その前に、ハッキリさせておきたいことがある。アンタは、俺たちに指図できる立場か?」


 シェルに対して、警備兵は黙ったままマスクに覆われた顔だけを向ける。


 返答の必要を認めなかったというよりも、一種挑発的とも取れるたった今の発言の真意を測りかねたことによる沈黙であった。リズァーラーが人間に対する礼を欠いた発言を行うことは、まずあり得ない。


 純粋な質問として受け取ってもらえるよう、シェルは説明を付け足した。


「いや、別に俺はケンカを売ってるわけじゃないんだ。仮にアンタの任務が単なる警備にとどまらず、現場でリズァーラーを指揮する権限も与えられていたとしたら、俺たちは従わなきゃならない。ハッキリ聞いておきたい、アンタはこの任務の責任者か?」


 この質問を警備兵に投げかけたことには、今後の任務遂行におけるシェルの思惑も少なからず含まれていたが、実際のところリズァーラーたちにとっては重要な問題であった。


 もちろん、人間の命令に従わなかったとの報告が行われれば、リズァーラーたちの言い分など聞かれもせず彼らは廃棄処分される。逆に、任務が失敗したとしても、人間からの命令にきちんと従っていたのであれば、人権無き道具として使われるリズァーラーは相応の役割を果たしたと認められる。


 あえてシェルが「責任者」という言い回しを使ったのは、それを担うことの重さを強調するためである。万が一にでも、単なる警備兵が有するはずの無い権限を主張し、面倒な指示を出し始めることの無いように。


 この警備兵自身には特段の腹積もりも無かったらしく、質問内容が明確になったと同時に返答した。


「自分の任務はお前たちを監視することだけだ。重要な設備に損害を与えないようにな。」


「今回の任務内容そのものについては、全く知らないのか?」


 シェルはひとまずの安心を得ながら、同時に浮かび上がった別の懸念についても問うた。


 今回の任務内容の一部には、設備に損害を与える行為として見なされかねない行為が含まれているためだ。警備兵が胸元に提げているゴテゴテした武装にシェルは視線を向けながら、相手がなおも質問に応じてくれることを祈った。


 人間であればリズァーラーの質問など無視しても構わないところ、この警備兵は変わらず返答を続ける。


「違法に接続された空気供給管に支障を生じさせ、修理に来た犯人を処刑することだ、と聞いている。」


「それを知ってるのなら、よかったよ。俺たちが任務のために違法な供給管に穴をあけてるのを、勝手な破壊活動と勘違いされちゃ溜まったもんじゃないからな。」


 シェルは、前髪に隠れた顔の上半分の空間から目玉を覗かせ、白い歯を見せて安堵の笑みを浮かべる。


 対する警備兵は分厚いマスクの奥で見えぬ表情のまま、リズァーラーたちが行動開始するのを黙って待ち続けていた。


「ウゥ。ウゥッウゥ。」


「リコくん、そんなに身体をはたいてたら、せっかく吹きかけてもらった殺菌剤が全部とれちゃいますよぉ。」


 警備兵の注意が、むやみに念入りに薬剤の粉をはたき落としているハリコと、彼に話しかけているマナコへ向けられている隙に、ベスタはシェルへと耳打ちする。


「ねぇ、シェル。」


「何だ?」


「この警備兵、どこか妙だと思わない?人間なら、私たちリズァーラーからの質問なんて、全部無視したって構わないのに。」


 人権の無いリズァーラーに対し、基本的に人間が親切に応対する必要はない。


 たとえば以前の廃棄物処理エリアの任務にて、リズァーラーたちと相対した住民会の会長が、愚痴と必要な連絡事項以外を口にすることなど無かったように。


「俺も変だとは思ったが、必要事項だから返事してくれてんじゃねーの?」


「だとしても、違和感が拭えない。気を付けた方がいい、今回の任務、どこかおかしい。」


「……あぁ。」


 再び警備兵がこちらに顔を向けたため、シェルは短い返答だけで口を噤んだ。

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