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日の目を見ざるリズァーラー  作者: MasauOkubo
悪意無くして処刑あり
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向かう先は窮地、活路は抜け道

 管理官からの任務説明を聞き終え、執務室から退室した一同。


 珍しく落ち込んだ様子のシェルは、前の任務にて自分が取った選択を盛んに悔いていた。


「余計なこと、しちまったかもな。いつも通り、何事も無かったような顔して、処刑を済ませた報告だけにしとけば……。」


「必要な報告だったと、私は思う。あの危険な薬品を、敵対存在から使用される恐れは残すべきではなかった。」


 頭を抱えている彼の後悔に、ベスタは言葉少なに否定を与える。


 リズァーラーの身体に重大な損傷を与える薬品が、万が一にも広く流通してしまえば、今後の活動に大幅なリスクが伴うことは避けられない。前回の任務で現れたような明確な敵でなくとも、リズァーラーを蔑み、憎悪を向ける市民は少なからず存在するのだから。


 その薬品を敵との交渉を経て回収したがために、このチームが命ぜられた処刑任務以外の行動を勝手に実行したことを、上に悟られてしまったわけだが。


「けどよ、考えてもみろ、さっきの任務内容。雑にもほどがあるだろ、来る奴をかたっぱしから処刑し続けろだなんて。」


「私はちょっと楽しみですよぉ。おかげで、私たちの栄養源となる遺体がたくさん入手できそうじゃないですかぁ。」


「ウン。」


 瞼を固定する器具で見開かれたままの目を生き生きときらめかせ、そう言ったのはマナコである。傍らではハリコも、短く唸り声をあげて頷いている。


 前回の任務で得られた処刑対象者の遺体が、小柄でやせ細ったものだったことは事実であり、食い足りない思いを抱いていたことは皆同じであった。が、シェルの懸念は、潤沢な栄養源を得られる見通しにつりあう内容ではなかった。


「それ以前に、俺たち自身が無事に帰れる目途が立ってねーんだよ。今回の標的は空気泥棒だ、これまで相手してきた処刑対象とはワケが違う。」


「富裕層の住む街に新鮮な空気を送る供給管に細工をして、空気を横取りするだなんて。上層に住む人間に宣戦布告してるようなもの。今回は、そんな奴らを相手することになる。」


 地下都市の統治者や資産家たちのみが住まう上層の街には、呼吸に適した清潔な空気が潤沢に供給されている。


 一方で、貧困層の住まう下層街への空気供給は不十分であり、居住者たちの住居および労働を行う職場のみへの供給が殆どであった。街の各所に有料で酸素を吸えるスタンドは存在したが、自前の空気タンクでも無い限り、住居と職場以外の場所での活動を一定時間以上続ければたちまち酸素欠乏症に陥る。


 それは、地下都市における生活に不満を抱いた貧困層が反抗的な活動に走らぬよう、彼らの行動を制限する措置でもあった。この地下世界独自の規律を崩しかねない、清潔な空気の窃盗を統治者側が軽く見るはずもない。


「俺たちに下された任務が、そのままに空気泥棒の件の解決に繋がるとは期待されてないんだろうけどな。」


「違法に接続された配管を損傷させて、修理に来た奴を捕まえて黒幕の所在を探れ、と命令されるよりは簡単な仕事だけれどね。」


「それをやるつもりなら、俺たちリズァーラーじゃなくて、最初っから管理局が保有する警備隊を動かすはずだ。」


 極端な貧富の格差が存在する地下都市において、秩序を保つための活動を市民生活管理局はリズァーラーに頼ることなく実行できる。その一つとして武装した警備隊も編成されており、時には弾圧に近い形での治安維持活動も行われた。


 ……が、明確に下層民の処刑を行うことを目的とした任務に関しては、例外なくリズァーラーたちに委ねられている。人間より劣った存在を世間から嫌われる立場に置くことは、妥当な判断であった。


「結果的に、空気泥棒どもに脅しを掛けられれば、それでいいと考えられてんだろうな。供給管の一本ぐらい使えなくなっても、富裕層の街にはいくらでも供給手段があるだろうし。」


「ついでに、私たちのチームも使い捨てにするつもり……かもしれない。」


 シェルとベスタが深刻そうに話し合っている脇から、緊張感の無い声で割り込んだのはマナコである。


「ですけど、空気供給管が通っているメンテナンス用エリアは、別に居住区画ではないんでしょ?私たちリズァーラーに有利な状況が、整ってると思いますけどねぇ。」


 外部からの光や空気が入ってこず、完全な暗闇、そして酸素供給の無い状況は、確かにリズァーラーが人間に対して優位に立てる舞台ではある。


 メンテナンス用通路は、作業員のために照明や酸素の供給機構が備えられている可能性もあったが、それらが遮断されれば人間の活動が大きく制約を受けることは間違いない。事実、そのような状況さえ整っていれば、リズァーラーたちによる市民の処刑任務も高い成功率を誇っていたのだ。


 が、シェルはマナコの意見に対しすぐさま首を横に振った。ベスタも同調する。


「いいや、その俺たちに有利な状況は、相手がしっかりと準備してくれば簡単にひっくり返されるぜ。空気タンクを持ち込んで、携行できる照明さえあればいいんだからな。」


「今回は特に、一度処刑を行ったその場所で、次の標的を待つ形になる。わざわざ相手に、この場所でリズァーラーが待ち構えていると教えるようなものね。」


「決して俺たちは人間より強い存在じゃない。一般市民相手に腕をへし折られたお前なら分かるだろ、ハリコ。」


「ウゥ……。」


 シェルに嫌なことを思い出させられたハリコは、低い唸り声を上げた。確かに彼は処刑対象の市民から抵抗され反撃を受けた際、腕の骨を金槌でへし折られている。


 年老いた人間や、やせ細った人間が相手ならば、力尽くで抑え込むことが出来ないわけではない。が、身体を菌糸で構成されているリズァーラーが出せる力は、筋力を鍛えた人間に到底かなうものではなかった。


 リズァーラーによる処刑任務は、視界を奪う闇と酸素不足、そして相手に準備の余裕を与えぬ不意打ちを用いてこそ遂行し得るものであった。


「完全に不意を突ける最初の処刑だけなら、成功の確率は高い。真っ先に供給管の損傷を見に来ることになった奴は可哀想だがな。」


「問題は、その後。どうする?相手が反撃の準備を整えて来れば、私たちは確実に負ける。」


 ベスタは一言で「負ける」と表現したが、簡単に死なないリズァーラーにとっては、人間の場合と大きく意味が異なってくる。


 任務に失敗しても、人権の無いリズァーラーが管理局から救助されることはない。管理局の任務を妨害した市民には別な処刑隊が差し向けられるだろうが、任務をこなせなかったリズァーラーたちは役立たずと打ち捨てられ、顧みられることなどない。


 リズァーラーに対して日頃から嫌悪の念を鬱積させ続けている市民の手に、無力化されたリズァーラーの身柄が渡れば、後の扱いは悲惨そのものであった。


 身動きのとれぬ状態で、人々の怨恨をぶつけられるがままに晒され暴行を受け、原形をとどめぬほど叩き潰されてなおリズァーラーは死ぬことが出来ない。人間の死体が元となっているだけに、そのような鬱憤晴らしが行われた付近の衛生状態は極度に悪化したが、非合法ながらそれは下層市民たちにとって稀有かつ刺激的な娯楽となっていた。


 リズァーラーの中でも陽気な性格のシェルが頭を抱えて悩み続けているのは、そのような末路を辿る任務失敗が現実的な状況へと自分たちが向かいつつあることをはっきり認識しているためであった。


「とはいえ、上からの命令を無視するわけにもいかねぇな。命令違反だと判断されりゃあ、いよいよ俺たちはゴミとして処分されちまう。」


「えー、最初に現場に到着した対象を処刑して、すぐに帰ればいいんじゃないですかぁ?」


「それが通りゃあ苦労はねーけどよ……。」


 マナコが述べた行き当たりばったりなアイデアは、シェルに顔を上げさせるに十分な内容ではなかった。


 管理局自体が見つけ出した空気盗難の現場は、既に十分な監視体制に置かれている可能性が高い。現場で待ち伏せ、犯人を処刑し続けよとの命令に従わず帰還したことは、すぐに先方に伝わってしまうだろう。


 こんな無茶な任務を押し付けられた状況も、自分が招いてしまったのだという自責の念からか、シェルは頭を掻きむしっている。頭髪の下から覗く暗い空間の中で、彼の混乱を示すように眼球がゆらゆらと揺れていた。


 そもそも喋れないハリコが話し合いに参加できていない一方で、一つの光明を示したのはベスタであった。


「……命令の中に、違法な空気供給管を犯人が修理するのを阻止しろ、という内容は入っていなかったはず。」


 ワンテンポ遅れて、シェルはハッと顔を上げた。


「そうか、本来は空気の供給が滞っているのを察知して修理しに来る奴らを、処刑しろって話だったが……」


「犯人が修理を済ませるまで待って、何ならその仲間に修理が完了したことも連絡させて、それから処刑したって命令には違反していない。」


 少なくとも、空気供給管の修理が滞ったままだったり、修理に向かった仲間の音信が途絶えたりするという異変が、今回の黒幕に伝わることはない。


 修理を完了させた仲間が戻ってこないことに気づかれれば、それを異変として認識される可能性はあるが、相手が警戒状態に入るまでの時間は十分に稼げる。


 運が良ければ、相手の組織形態次第では、修理に赴いた人員が仲間ではなく一時的に雇われた業者である可能性もある。その場合、修理さえ済まされていれば、わざわざ現場の様子を見に来る者は居ない。


「最初に来た奴の処刑後もしばらく待ち続けて、適当なタイミングで追加の処刑対象が来ないと判断して帰ればいい。ナイスアイデアだ、ベスタちゃん。」


「そのタイミングを見計らうのが、難点ではあるけれど。」


 とはいえ、やって来た修理要員を即座に処刑するよりは、ずっと反撃を受けるリスクも減る。


 違法に空気供給を得ている連中は、その空気を遮断されなければ文句も無いだろう。


「ともかく、うまいこと乗り切れそうなんですねぇ?とりま、私たちはシェルさんたちの指示に従いますよぉ。」


「ウゥゥ。」


 マナコとハリコがすっかり緊張の解けた様子を見せている一方で、シェルの表情からは懸念の色が消えきってはいなかった。


「……これで今回の件をやり過ごしたとしても、ますます小知恵の働くチームだと見られることは避けられねぇだろうな……。」

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