労いの晩餐は新鮮なうちに
処刑した市民の遺体を回収し、帰投したリズァーラーたちを出迎えたのは笑顔を作った管理官であった。
もとより血色とは無縁のリズァーラーの中でも、殊に蒼白く生気の無いその顔を無理に歪めた笑みは、彼の容姿に不気味さを加えるばかりであったが。
「これは皆さん、おかえりなさい。今回もご無事で何よりです。」
「完全に無事、ってワケにはいかなかったけどな。」
シェルは回収してきた死体袋を床に置いて開き、間違いなく処刑対象の遺体であることの確認を管理官と共に行う。
確認後、シェルは傍らに立つベスタの片腕を掴んで管理官の方へと差し出させた。
乾燥剤をモロに浴びたベスタの腕は、既に乾ききった表皮が完全に剥がれ落ち、ひび割れた身体組織もボロボロと崩れていた。移動してくる間に多少は周辺の湿度を吸ったのか、損壊はそれ以上起きずに止まっていたが。
彼女の変わり果てた腕を見せられた管理官は、最初無表情のまま視線を向け、その後声色だけは驚いているかのような響きを作る。
「おや、いったい何があったというのです。」
そこに部下へ対する心配の念は薄く、単なる追加報告を待つ口ぶりがあるに過ぎなかった。対するベスタも淡々と自らの症状について述べている。
「処刑対象のもとで私たちを待ち伏せていた者たちに、襲撃された。連中は薬品を噴出させるトラップを用い、私とハリコは被害を受けた。」
「市民生活管理局の任務を妨害する存在があったのですね。彼らを制圧することは出来たのですか?」
管理官の関心は、あくまで任務内での出来事にのみ向けられていた。真相を述べるべきか迷ったベスタが口籠ったのを見て、シェルが報告を引き継ぐ。
襲撃者側に薬品を手放させる代わりに、連中を見逃す交渉を行ったなどと正直に伝えれば、任務に対する誠実さを疑われかねない。
「惜しいところまで追いつめたんだが、逃げられちまった。だが収穫はあったぜ、今回俺たちに対して使用された、リズァーラーにも痛手を与える薬品を奪ってやった。」
シェルは懐から二種類の薬品が入ったケースと、その製法が書かれた薄い樹脂片を取り出し、管理官の前にある机上へ置く。
先ほどベスタの腕がボロボロになっている様を見せられた時よりも、ずっと興味深げに管理官はケースの蓋を取り、覗き込んだ。
「こちらの白い粉末は?」
「それが、ベスタの腕をカラカラに乾涸びさせた物の正体だ。たぶん乾燥剤を改良したものだろうな……そっちの黒い液体は強烈な腐食液だ、触らねぇ方が良い。ハリコの被ってたフードがボロボロにされちまった。こっちの樹脂の欠片には、薬品の製法が書かれてる。」
「ウー。」
もはや自分の頭部を覆い隠すためには役に立たないものの、一応は自分のフードの残骸を回収して首回りに巻いていたハリコは、唸り声と共にそれを管理官の方へ差し出して見せる。
無数の穴が開いて縮れたそれは、既に布としての面積も無く薄汚れた紐のごとき状態となっていた。
「彼には頭部を被覆する新しいフードを支給しましょう、のちほど。それにしても、物騒な薬品を準備する者たちが居たものですね。皆さんを襲撃したのは、やはりリズァーラーを毛嫌いする市民ですか?」
「いいや、俺たちと同じ、リズァーラーだった。」
シェルの発言を前にして、管理官の両目はここで初めて大きく見開かれた。
今に至るまでは、彼を十分に驚かせる情報が出ていなかったということの裏返しでもあった。
「それは……想定外の事態ですね。リズァーラーは例外なく、我々生活管理局の管轄下に置かれているはずなのに。」
「奴らが今後も俺たちの任務を妨害する気なら、厄介なことになる。暗闇かつ、酸素の薄い環境で問題なく活動できるってのが……俺たちだけの特権じゃなくなるんだ。逃がしちまったのが悔やまれるぜ。」
薬品を手放させるための取引を行った結果、わざと見逃したことなどおくびにも出さず、シェルはスラスラと言ってのけた。
管理官は頷きながらも薬品のケースを注意深く閉め、今度はその製法を記したと思われる樹脂片をつまみ上げ、しげしげと見つめながら返事する。
「とはいえ、これらの劇薬を回収してこれたのはお手柄ですね。今後、仮に似たようなものを我々の任務の妨害に用いられる可能性があるとしても、先んじて対策を練ることが可能です。」
「薬品を浴びせられても大丈夫な防護服とかを支給されたり?」
「さぁ、上の方々がどのように判断するかは、何とも言えませんが。」
シェルが提示した仮定への返答を、管理官は濁した。
一連の報告を終えた面々は、処刑確認の済んだ遺体を持ち上げ、自分たちの普段暮らしている場所……すなわち、今は使われていない下水処理管の中へと戻っていった。遺体を実際に処分するのも、チームの役割である。
「リコくん、ついでに作業服の新しいのも頼めば良かったんですよぉ。ずっと汚れっぱなしですしぃ。」
報告の間ずっと静かだったマナコは、自分が管理官と応対する必要が無ければ可能な限り黙っていたかったのだろう。
整然と調度品が並んだ管理官執務室の中が居心地悪かったのか、ジメジメして暗い地下通路に戻って来たとたん急にイキイキとしてお喋りを始めた。
「ウー……。」
「私たち、仮にも市民たちを管理するお仕事をしてるんですから、もうちょっときちんとした服装をさせてもらえないもんですかねぇ。」
みすぼらしい作業服をずっと着通しているのは、リズァーラーたちに共通する特徴であった。
ボロボロの服を纏って、普通の人間ならば住めないような場所で暮らし、役割を与えられていない間はまさに死体そのもののように横たわって、必要が生まれれば人間が忌避するような任務に従事する存在。
とはいえ、そんなリズァーラーたちの中でも、このチームは異色であった。性格の根っこから明るく、お喋り好きなマナコとシェルが、彼らに単なる生ける屍とは大きく違った印象を与えていた。
「ダメだろうな、人権が無いはずのリズァーラーが良い恰好してたら、ますます市民に嫌悪されちまう。」
「そんなもんですかねぇ、皆で好きな恰好出来ればいいんですけどねぇ。」
「んな贅沢を出来る社会なら、みんな苦労してねぇって。」
「ウゥ。」
死体袋の中から取り出した遺体を担ぎ上げるシェルを、ハリコも手伝い、作業台の上に乗せる。
処刑任務の後、回収してきた遺体は、リズァーラーたちの養分として吸収されやすい形状へと加工される。すなわち、身体全体を体液ごとすりつぶし、どろりとした状態にするのだ。
服を全て脱がせた男の死体は、この作業場を照らす粗末な照明のか弱い灯りも手伝って、いよいよ哀れに瘦せ細って見えた。
「臓器の内容物の確認を。」
「分かってる。コイツの場合は、慎重にやった方がいい。」
ベスタから促され、シェルは遺体の腹の部分を撫で、指を皮膚に押し込んで感触を確かめていく。
彼らが確認しているのは、処刑対象者が食べた物の確認ではない。仮に消化されかかっている食料や、排泄物が消化管の中に詰まっていたとしても、リズァーラーたちは問題なく養分として吸収できる。
警戒すべきは、食料ではない危険物を、処刑対象者が腹の中に飲み込んでいる可能性であった。
「もしも、先ほどの劇薬のカプセルか何かを、胃袋の中に入れていたら大変ですねぇ。」
「あぁ、俺たちの食事が台無しになる。」
マナコの言ったことに、シェルも頷く。以前一度だけ、処刑される直前に工業プラントの有毒な廃液をしこたま飲みこんでいた市民が居た。
結果的には、その市民は死亡すると同時に飲み込んでいた液体を口から垂れ流したため、リズァーラーたちは満足な食事にありつけないことを先に知って失望する羽目になったが。
「大丈夫そうだ、そもそも十分にメシを食えてない身体だし、胃袋の中身はほとんど空っぽだな。」
「私たちに処刑される前から、死ぬのを待っていたような状態だったのね。」
ベスタも処刑対象の身の上を慮るように呟くが、確認の済んだ遺体を粉砕機の中へ押し込む手さばきだけはスムーズである。
装置の中では大型の刃が何重にも連なり、外のハンドルを回すことでゆっくりと回転しつつ、押し込まれた遺体を細かく念入りに引き裂くような仕組みになっている。
骨や肉、臓器なども一緒くたに粉砕し、液状となった遺体が装置の下部に溜められる形だ。
「飛び散らないように、ちゃんと蓋を閉めろよ。さて、ベスタちゃんは片腕が使えねぇから……」
「ウー?」
「あぁ、ハリコ、今回はお前に肉体労働を任せる。」
「ウー……」
遺体を細断するほどの力を発生させるため、装置に取り付けられたハンドルには相応の回転数が求められる。
装置を動かし続ける役を任されたハリコが不服そうな声を漏らしたのは、その重労働を思ってのことであったが、早い所ご馳走にありつきたい彼はさして抗議することなくハンドルを回し始めた。
内部で幾重にも連なった歯車と刃が回転を始め、ゴウゴウと音を響かせ始める。遺体の表面辺りは早くも鋭利な刃で削ぎ落され始めているだろうが、その音は装置の駆動音でかき消されていく。
「遺体の粉砕作業、頑張ってください、リコくん!私、ずっと横で応援してますからねぇ。」
「ウ、ウゥ。」
「マナコ、そう言っておきながら、抜け駆けして全部食っちまうんじゃねーだろうな。俺たち4人で平等に分けるんだからな。」
「分かってますってぇ、仲間を疑わないでくださいよぉ。」
唸りながらハンドルを懸命に回し続けるハリコの傍らでシェルとマナコが言い合っている間にも、早くも真っ先に零れ落ちて来た体液……すなわち、血液が装置の下部に据えられたタンクに溜まり始めた。
ハリコの作業を少し離れて見守っているベスタを、シェルは案じて声を掛ける。
「ベスタ、養分液を摂取できれば腕も治りそうか?」
「分からない、もしも腕の再構築がうまくいかなかったら……」
「大丈夫だって、管理官も別に心配してなかったろ?」
ベスタが悪い予想を述べようとするのを、シェルは遮る。
リズァーラーが任務に使えず、用済みとして判断されることはすなわち、管理局からも文字通りに捨てられることに他ならない。
「無事に治れば、良いのだけれど。」
「美味しく食事出来れば元通りになりますよぉ、ベスタさん。私、ちょっと今回の市民さんを味見してみますねぇ。」
近づいて行ったマナコは指先で血液に触れ、ついでにそれを口元に持っていって舌でペロリと舐める。
彼女の仕草を見ていたシェルは不思議そうに尋ねた。
「ったく、抜け駆けすんなって言っただろ……何やってんだ、お前。」
「いやぁ、人間さんたちが皆、口から食料を摂取しておられたのでぇ、真似してみただけですよぉ。」
リズァーラーたちは、指先や足先を養分液に浸し、そこから活動用の栄養を得るのが常であった。
人間の遺体に菌糸が取りついて活動している彼らにとって、人体の有する本来の機能は例外なく未知のものに属していた。
「そういや、そうだったか。不便だろ、わざわざ体の一番高い所から養分を吸収しようだなんて。」
「ですよねぇ。人間さんは、ついでに『味』というものを楽しんでおられるらしいんですけどぉ……。」
マナコは、器具によって開き切られた瞼の真ん中で、瞳をギョロリと動かしながら舌先に残った感触を確かめている。
が、リズァーラーには人間同様の感覚は得られないらしかった。
「……湿っていること以外、よく分かりませんねぇ。」
「栄養摂取と何の関係があるんだか、な。」
「ウゥゥゥ……。」
自分が肉体労働に勤しんでいる隣で無駄話に興じる二人に向け、ハリコはひときわに不満そうな声を上げた。




