98 公爵様ってないよね
「で、なんでファル様がここにいるの?」
確か昨日、婚約者の人と月に一度のお茶会だと言っていたはず。ここが何処かまだ聞いてはいないけど、なんでファルにはこの場所がわかったのだろう。
するとファルが首元から薄っぺらい金属の板を取り出した。なんだか冒険者ギルドの身元を示すタグによく似ていた。
「アンジュは将校になって日が経っていないから、まだ渡されていないだろうが、個人の身元を示すモノだ。これで個人間で通信ができる」
やはり、死んだ時に何処の誰かとわかるように身分証なるものが渡されるようだ。それに通信機能が付いている!すごい!
はっ!そう言えば、第10部隊の駐屯地に連絡を入れていたとルディが言っていたけれど、恐らくあの細いのに強かった人物と連絡とっていたのだろう。
私が通信機能で感動している横では、私に食後のデザートの果物を差し出しているルディに、向かい側で食べる事が止められないと言わんばかりに食べ物を食べ続けている酒呑童子に、その横で紅茶を変わったお茶ですねと言いながら飲んでいる茨木童子がいる。
異様な空間だ。鬼と人が同じ食事を囲って食べているだなんて。
「で、アンジュは何をしでかして、シュレインを怒らせたんだ?」
なぜ、ルディを怒らせた事がファルの中で決定されているのだろう。私が悪いのはわかっているけれど、解せない。
「また、ワイバーンから飛び降りて怒られた」
「で?」
「鬼達がジジェルに向かって爆走していたから、止めに入っただけ」
「オニ?オニとはなんだ?」
あ、鬼って言ってもわからないか。私は皆が食事を食べ終わっても食べ続けている酒呑童子と優雅にお茶を嗜んでいる茨木童子を指して言った。
「鬼」
お誕生日席に座っているファルはその二人の鬼に視線を向け、そのあと私をジト目で見る。
「どう見ても人だが、オニという者の説明をしろ」
説明ねー?そもそも鬼って何と聞かれても、想像上の妖怪としかわからない。
「怨霊が人の死体に宿って形を成したもの?諸説あり」
私の言葉にファルは再度鬼達に視線を向けて、私に不審げな視線を向けてきた。
「どう見ても生きているが?」
「諸説ありです。本人に聞いてください」
「ふふふ、確かに妖怪である我々に何者かと問われても困る質問ですね」
茨木童子が微笑みながら、ファルに視線を向けてきた。そして、食事の手を止めた酒呑童子がファルに向かって口を開いた。
「なぁ、あんたは何者だって問われたら、何と答えるんだ?俺は大江山を根城にしている酒吞と呼ばれる者だ」
酒呑童子にそう問われたファルはその言葉に一理ありと頷いた。
「確かにそうだな。魔物を討伐することを生業としている、そこのシュレインと同じ所属の第13部隊の副長をしているファルークスだ。アイレイーリス公爵家の当主だが、この国の者たちではなければ、関係ないことだしな」
「は?」
思わず、ファルが言った言葉に言葉が漏れてしまった。
「なんだ?アンジュ」
再びファルが私にジト目を向けてきた。だけど、正直な私の口は喋ってしまう。
「いや、ファル様が公爵様ってないよね」
「どういう意味だ?」
「笑い上戸だし」
「あれはアンジュが突拍子もない事をするからだ」
「ずっと宿舎にいるし」
この一ヶ月ほど、例の婚約者とのお茶会という言葉以外、ファルから貴族らしい言葉を聞いたことがない。
「聖騎士になれば、それは決められたことだ。それに週に何度かは戻っている」
「横領に気づかないで書類にサインしているのに?」
そう、あの大量の書類の中で計算が間違っている箇所がいくつかあるのだ。それも大胆に100万の位が間違っている。その数百万の誤差は何処に消えているのだろうね。
「ちょっと待て!それはなんの話だ」
「という感じで気づいていない人が公爵様だなんて、領地の人たちが可哀想だよね。それよりもこのまま西の大きな常闇に向かうでいいんだよね」
「いきなり話を変えるな!アンジュ!」
元々、ファルが鬼とはなんぞやと聞いてきたことから始まったことだし、それよりも私はこれからどうするか聞いておきたい。
「この後ワイバーンで飛び続ければ、昼過ぎには目的の常闇には行けるだろうが」
そう言ってルディは鬼の二人を見る。恐らく移動手段の事を言いたいのだろう。
「ファル様が来てくれたのだから、ファル様のワイバーンに乗せてもらえば?」
「アンジュ、何で勝手に決めているんだ?俺はシュレインの無事が確認できれば、王都に戻るぞ。こっちは一晩中飛び続けていたのだからな」
一晩中?とは婚約者とのお茶会という物が終って速攻王都を出たということなのだろう。あれ?そもそも
「なんで、ファル様がここにいるわけ?仕事なんてないのに、王都の留守を任せろって言っていたよね」
「アンジュ。一言多い。10年程前と同じく世界が闇に包まれれば、慌ててシュレインの状態を確認しにくるだろう!」
はて?10年程前とは?····ああ、確かに一月程太陽が昇らない日が続いたことがあったね。私は極夜というものは、こういうことなのかと、感動していたけど、あれはシュレインの所為だったのか。
「じゃぁ、ファル様。お疲れのファル様がここで休んでいる間、ワイバーンを貸してくれればいいと思う」
結局、これが一番いいと思う。




