95 光り輝く天の日
私は酒呑童子の背から飛び降りる。暗闇で目は使い物にならないが、重力の聖痕を使えば何も問題にはならない。
そして、ふわりと地面から離れたところで、漂う。
光の魔術を使って明かりを灯そうとするも、闇に吸収され光は手の中でとどまるのみ。なんて、深い闇なのだろう。
闇を照らす手段はもう一つある。私は右目に手を添え、聖痕を取り出した。【天使の聖痕】をだ。
王冠のように頭上に光輝く聖痕。暗闇を浸食し辺りに光を満たす。
「はぁ。ルディ、ごめんって言ったじゃない」
深い深い闇の中で佇むルディに声を掛けた。深淵を覗き込んだような目を私に向けているルディにだ。
「『禍福は糾える縄の如し、されど一陽来復を希有ことも、また人の生なり』」
この世は所詮、幸福も不幸も縄のように表裏を成しているものだ。しかし、冬がくれば必ず春がくるように、不幸があれば幸福がくる、それもまた人の生というものだ。
天使の聖痕は全てを癒やすと言われている。だけど、私は私以外の人に天使の聖痕を使ったことはない。それは勿論見つかると監禁モノの聖痕だからね。
頭上の輝く聖痕が更に光を増し、闇を打ち払い昼間の太陽のように輝いた。
ま、眩しいー!!目を開けていられないのだけど?これ、もしかしてバグってる?
頭上の輪の光が、いつもどおりのふんわりと光る感じに戻り、光に眩んだ目が周りの景色を映し出すようになった。
目の前には地面に膝を付いて頭を下げているルディがいた。
それはこれだけ光れば目が眩んで立っていられなくなるよね。私は浮いたまま腰を屈めルディの様子を伺う。
「ルディ。気分が悪くなってしまった?」
「偉大なる聖女の御慈悲をたまわりましたことに、この上ない喜びに身を打ち震えている所存であります」
こ、壊れた。ルディが壊れた!何を言っているのか私には理解できない。いや、理解できるけど、今この場でいう言葉ではないと思う。
『異界とは高天原のことでしたか』
今度は私の背後から不可解な言葉が聞こえてきた。恐る恐る振り返ると赤鬼と青鬼が地面に胡座をかき、両手を地面に手を付けて頭を下げていた。何処の時代劇の人ですか!
『天照大御神であらせられたのなら、そうおっしゃっていただければ、よろしかろうに』
酒呑童子さん。人が変わっていますよ?というか、私はそんな名前ではない!
「『それは違うから』」
『ここが天照大御神のいらっしゃる高天原ならば、我らがこの場にいることは場違いというものでしょう』
茨木童子さん。だから違うって!
「『だから、私はアマテラスじゃないし、ここはタカマガハラでもない!』」
『なれば、我らは葦原中国へ戻りましょうぞ』
あ、うん。素直に戻ってくれるならそれでいいよ。私は神じゃないことはきっちりと理解してほしいところだけど。
「『もう、戻ってくれるならそれでいいよ』」
私は頭の上の光る輪を掴み、再び右目の中に戻す。
あれ?おかしい。
私はバランスを崩し、ガクンと地面に倒れ込んでしまう。
「アンジュ!」
『アマテラス!』
『アマテラス様!』
いや、だから私はそんな大層な名前じゃない。
倒れ込んだ私をルディが抱え起こしたけど、いつものルディに戻ってくれたのだろうか。
「アンジュ、何があった!」
何があったか私にはわからないけれど。
「魔力が抜き取られた」
「は?」
ルディに意味がわからないという顔をされた。そうだよね。私が魔力を使ったと言えば、きっと使いすぎだと怒られるのだろうけど、私は殆ど魔力を消費していない。
魔力を使いすぎると死ぬと教育されているから、なるべく使わないようにしているのだ。神父様が怖いってことじゃないからね。
「なんだか、ごっそりと持っていかれた。言うなれば瀕死状態かな?」
私はルディにへろりと笑った。もう、目を開けているのが辛いぐらい。でもこのままだと色々不都合が出てくるから、これだけはしておかないと。
「『酒呑童子。茨木童子。ちょっとこっちに来てくれるかな?』」
私は動けそうにないので、手招をして二人の鬼を近くに呼んだ。
『なんだ?』
『なんでしょう?』
「『二人とも手のひらを上に向けて出してもらえる?』」
私が言った通りに二人の鬼は手のひらを差し出してきた。私はその手のひらに一滴の水滴を落す。
「『言ノ葉の相互能力』」
毒の聖痕だ。脳神経を侵す毒。それに言葉を翻訳能力を浸透するようにしてみたのだ。このままだとルディと鬼たちは共通言語を持たないために意思の疎通ができないだろうからね。言わばスキルの付与だね···あれ?スキルって付与できるのかな?
「『それを飲めば言葉がわかるようになるから』」
私の言葉にしたがって、二人の鬼は同時に一滴の水滴を口に含んだ。その瞬間、二人の体が木偶人形のように意識を無くし倒れてしまった。
「アンジュ、毒殺したのか?」
ルディ、違うから!!
「言葉がわからないと、意思の疎通が取れないからね。二人の鬼が目を覚ましたら、人の姿に化けるように言っておいて、できるはずだから」
それだけを言い残して私の意識は深く闇の中に、沈んでいった。




