86 第12部隊の食堂 Side
第12部隊の食堂 Side
「リザ副隊長。今日は会議だと言っていませんでした?」
ローズ色の髪と瞳を持った女性が、オレンジ色の髪の女性の後ろ姿を見つけ、声をかけた。女性は4人掛けのテーブル席に座り、食後の紅茶を飲んでいるところだ。
リザ副隊長と呼ばれた女性が振り返り、ローズ色の髪の女性に目を止める。
「あら?ロゼ、今から昼食なの?」
ロゼと呼ばれた女性はトレイを両手に持ち、その上にはいつもと同じメニューの昼食が乗っていた。
「そうですよ。半年前に騎士になった二人、出来が悪すぎて。隣失礼していいですか?」
「いいわよ」
ロゼの午前中の業務は騎士の訓練指導だったようだ。少し疲れた表情のロゼはリザの了承を得て、隣の席に座ろうとテーブルにトレイを置いたところで、ハッと気がついた。
「隊長!お疲れさまです!」
リザしか視界に捉えておらず、リザの向かい側にいる男性に、気がついていなかったのだ。
その男性は紫色を帯びた青い色の髪に金色の目を持っていた。紺青色というべき美しい色合いだが、周りを見渡しても彼ほど濃い色を持つ者はいないようだ。
隊長と呼ばれた男は『ああ』と答えたのみで、食後の珈琲を飲んでいる。
「しかし、今日はどうしたのですか?いつも本部で昼食をとっていましたよね」
どうやら、会議がある日は今使っている食堂ではなく、本部にある食堂を使っているようだ。
「終わったのよ」
「え?」
「何日も話し合って決まらなかったことが、今日の午前中だけで決まってしまったの」
その言葉にロゼは食べていた手を止める。ロゼは副隊長と呼んだリザの会議の愚痴を色々聞いていたのだ。
「そうなのですか?では、どこの部隊が聖女様を囲い込むことに?」
「それがねぇ」
リザは呆れたように、ため息を吐き出した。
「団長は初めから、私達に聖女様を任せるつもりはなかったのよ。そうなら、そうと言ってほしかったわ」
「ということは、今日はその話を団長がされたということですか?」
リザは首を横に振る。
「では侍従フリーデンハイド様が?」
その問いにもリザは首を横に振る。そうなってくると、いったい誰がとロゼは首を傾げて考える。
「アンジュちゃんよ」
「え?なんでアンジュが会議に出ているの?」
「それはねぇ。色々あったのよ。色々」
リザは遠い目をしながら、ブルリと震える。色々の何かを思い出したのだろう。そして、ふっと頬を緩めた。
「ふふ、ロゼ。やっぱり、アンジュちゃんは凄いわね」
その言葉にロゼは今更何を言っているのだろうと、止めていた手を動かし、フォークを口元に運ぶ。
「会議始まって早々に、お菓子を食べ始めたのよ。それもあの第13部隊長の膝の上に乗ってよ」
「ごほっ」
予想だにしていなかった言葉を聞かされたのか、ロゼは食べていた物を吹き出しかけた。根性で口から出すことは免れたが、その顔は涙目になっている。恐らく入ってはならないところに食べ物が入ってしまったのだろう。
「そ、それは部屋で食事を取ることになるよね」
ロゼは口の周りをナフキンで拭いながら、独り言を言った。
「アンジュちゃんの堂々した行動に呆れていたら、団長がアンジュちゃんに向けて手を差し出してね。アンジュちゃん、団長にお菓子を分けてあげたのよ」
「うぐっ!」
再び食事の続きをしてたロゼにとんでもない言葉が耳に入ってきた。思わず喉に詰まってしまったようだ。慌てて、水で流し込んでいる。
「なんか信じられないモノを見てしまったわ」
そう言いながらリザの頭の中には、小さな焼き菓子を大事そうにチマチマ食べている隻眼の大柄な男の姿が浮かんでいた。
「そう、それでアンジュちゃんが言ったのよ。聖女様の住むところは国が決めることだから、口はださないと。そして、聖女様に各部隊の担当地域を回る順番を決めてもらえばいいってね」
リザは冷めた紅茶を一口飲んで、再び口を開く。
「初めからそうすれば良かったのよ。私達の第12部隊の担当する地域は大きな常闇はないから、今直ぐ聖女様に来てほしいわけじゃないわ。
だから、今回の会議もどうでも良かったのだけど、他の部隊はそうじゃないものね。自分のところに聖女様が居てほしいでしょうから。
聖女様本人に決めてもらうのが一番良かったのよ。団長もアンジュちゃんの案が決定事項の様に言い切ったから、もう決まったも同然だったわ」
リザは一気に言い切った。今回の数日に渡る会議に嫌気がさしていたのだろう。言葉に嫌味が混じっている。
「え?聖女様をリザ副隊長は見たのですか?」
会議の愚痴を散々聞かされていたロゼは別の事が気になったらしい。
「聖女様ってどのような感じの方ですか?」
リザはその質問に少し考える様に、紅茶が入ったティーカップを眺める。そして、その下にある白いソーサーを手で持ち上げ、リザの方を向きながら、自分の頭の後ろにソーサーを持ち上げる。
「こういう感じ?」
「ぐふっ。ごほ!ごほっ!」
リザの行動に反応したのは、リザの向かい側の席で珈琲を黙って飲んでいた。隊長と呼ばれた男だった。
「隊長!大丈夫ですか!」
いつも何事にも冷静に対処し、感情を表に出さない男が、リザの行動に反応を示したのだ。ロゼは慌てて、男の横に回り込んでナフキンを差し出す。
差し出されたナフキンで口元を覆いながら、隊長と呼ばれた男はリザを睨みつけた。
「実際に再現をするな。あの時どれだけ、耐えたと思っているんだ」
男は低く地を這うような声で言う。
「あら?隊長、聞こえていたのですか?てっきり、聞こえていないかと」
しかし、リザは男の機嫌の悪さを気にしていないかの様に意外だと言わんばかりの表情だ。
「侍従フリーデンハイドが聞こえていたのに、私が聞こえていないはずないだろ。大体、お前らキルクス出身者はおかしすぎる」
「あら?感謝しているの間違えでは?こうして隊長の部下でいるのも、あの第13部隊長と比べれば、どうしたこともないですし?ギルフォード副隊長もアンジュの言動はいつもどおりだと言っていたではないですか」
ギルフォード副隊長とはリザと同じく第12部隊の副隊長を務めている者で、アンジュのトカゲ発言を聞いた者である。
そして、リザはまるでキルクス出身者であるからこそ、この男の部下でいられるのだと捉えられる言葉を口にしている。
それも会議室でこの男の隣に座っていた第13部隊長を引き合いに出してだ。
「あの狂った王弟と一緒にするな!それにアンジュといったか?普通は皿を頭の上に掲げているみたいなんて発言はしないだろう!」
この食堂にいた者達は声を荒らげたこの男の言葉だけが聞こえ、同じ事を考えてしまった。頭の上に皿?何処かの曲芸師の話だろうかと。まさか今話題の聖女の事だとは思いもしなかった。




