73 テロ飯
片腕では料理はできないので、折れた手も使う。聖痕の無駄遣いと言っていいかもしれないけれど、私の口はもうカレーの口だ。
先にナンの生地を作っておこう。いつも大体適当だ。小麦粉、ヨーグルト、塩、ドライイースト···ドライイースト?い、行き詰まった。
小麦粉は戸棚の中にあった。ヨーグルトは冷蔵庫の中に瓶に入ってあった。バターもある。
うーん?一番下の冷蔵庫を開ける。赤ワイン。白ワイン。エール。····エール!もうこれで代用しよう。どうせ食べるのは私だ。ちょっと膨らめばいいのだ。
生地を適当にこねこねして、乾かないようにして湿らせた布を掛けておく。
カレーも適当だ。味噌汁を作る感覚でいい。
覚えがあるスパイスを私好みの感覚で配分して、密封した容器にいれて、中を粉状にするべく風の魔術を軽く掛ける。
あとは、玉ねぎを微塵切りに、トマトの皮を剥いてざく切りに肉は食べやすい大きさに切って、全部鍋にぶち込んで蓋をして煮る。ココナッツミルクがあればよかったのだけど、無いのは仕方がない。
クー!この目の痛さ。スパイスの湯気が目にしみる。だけど、これがいい。
スパイスのいい匂いが部屋を満たす。そろそろ出来上がりそうだ。
ナンの生地を2つに分けて伸ばして、火を入れてバターを溶かしておいたフライパンに乗っけて焼く。本格的なナンには程遠いけれど、家で食べるのなら、これで十分だ。
お、エールの代用でも膨らんでいる。味は知らないけれど、カレーの味で気にはならないはず。
できたてのカレーを皿に入れる。小麦粉が入ったカレーではないので、サラサラだ。ん?前の感覚で作ってしまったから大分余ってしまった。まぁ、明日も食べればいいか。
ダイニングテーブルの上にカレーとナンと水を置く。この世界で生まれて初めてのカレー。
「いただきます」
手でナンをちぎってスプーンでカレーを乗せて、一口。くー!鼻に抜ける香りに、耳を抜けるスパイスの辛さ。そして、舌に残るほんのりとした玉ねぎの甘味にトマトの旨味。
「うま!私、天才!」
二口目はお肉と一緒に。お肉をスプーンですくったところで、私の部屋の玄関に繋がる内扉が私の目の前を飛んでいき、窓がある壁に刺さった。
「さっきからノックしているのが聞こえないのか!」
そう言って私の部屋の扉を壊しやがったのは、妹イチ推しのロベル第1部隊長だった。
「聞こえていましたが?」
そう、カレーを煮込んでいる時点で部屋の玄関の扉がノックされているのは気がついていた。しかし、ガン無視をした。なぜなら、私はまだ命は惜しいからだ。
「今度、部屋を勝手に出ると殺されそうなので、無視しました」
誰にとは言わないが、勝手に部屋を出ると今度は首を刈り取られそうなのは、ひしひしと感じてはいる。
「あっ」
第1部隊長は私の顔を確認して、しまったという顔をした。
「ロベル隊長。いったい誰でした?こんな夜中に飯作っているヤツ」
「ムカつきますよね。やっと会議が終わったと思って部屋に戻れば食欲をそそる匂い。嫌がらせですか」
あと、二人ほどいるようだ。こっちに向かってくる足音がする。
「お前ら、早く出ろ!」
慌てたように、部屋に入ってこようとする二人に出るように言う第1部隊長。でも、遅かったみたい。気温が急激に下がっている感覚が肌をつたっている。
私はお構いなしにスプーンの中の肉を口に含む。うま!カレーは温かい内に食べないと駄目だ。
「あなた達はここで何をしているのですかね」
ルディが戻ってきたようだ。
三口目、ナンにカレーを乗せて食べる。うん。ドライイーストの代わりがエールでも良さそうだ。まぁ。パンも水と果物の皮からできる酵母で作れるのだから、エールで正解だったみたい。
「「第13部隊長!!」え?なんで?」
「ちょっと待て、シュレイン第13部隊長。話し合おう」
第1部隊長は何の武器を持って魔王に挑みますか?話し合いの席につけるといいですね。
カレーうま!カレー最高!
「アンジュ!シュレインを止めろ」
第1部隊長。私にふらないでもらえます?
私は第1部隊長の命令口調の言葉を無視して、食事を続ける。
「え?アンジュがそこにいるのですか?」
ちっ。矛先が私に向けられてしまった。肉を咀嚼し飲み込む。部屋の入り口から驚いた表情のルディが顔を出した。まさか、物理的監禁物を取り外せるとは思っていなかったのだろう。いや、そもそも思っていたら、魔力抑制をしたものを足枷にはしない。
「アンジュ。どうやって····」
どうやって足枷を取ったかって?言うわけないでしょ。私はルディをジト目で見ながら、カレーを食べる。
「この食事は?」
カレーをどうやって調達しかたって?私はスプーンでカレーが残った鍋を指す。ルディが戸惑っているのをいいことに第1部隊長はこそこそ去って行こうとしているが、それは許さないよ。
「第1部隊長。壊したドアを直してもらえます?」
「おまえ!」
私の部屋のドアをぶっ飛ばして、そのまま去っていこうだなんて、部隊長としてあるまじき行為だよね。いや、そもそも迎え入れていないのに、入って来ることがありえない。
「ロベル。ドアを壊したとはどういうことだ。そもそも、何故ここにいる」
胡散臭い笑顔ではなく、人を射殺しそうなほどの殺気をまとったルディがそこにいた。
はぁ。昔はもっと食べれたのに、ナン一枚で満足してしまった。もっと食べたいのに食べれない。少食である弊害がこんなところに出てしまっていた。




