69 強く願えば…
私はロゼと別れ、フラフラと聖騎士団の敷地内を歩いている。本当は案内役が欲しいところだけど、自由に行動できる内に大体何がどこにあるか把握をしておきたい。しかし、案内板ぐらいないのだろうか。
1刻程歩いたところで、私は立ち止まる。まだ敷地の半分程しか見ていないけれど、私は踵を返して北の森に向かっていく。
第13部隊のぽつんと一軒家がある森だ。
森の中に入るが、詰め所である洋館には立ち寄らず、そのまま森の奥に行く。
「何か私に用ですか?」
これはいつもの見張りじゃない。あの者達は見張っているだけで、こんなに殺気をまとってはいない。
「そんなに殺気を出されたら、怖すぎて震えてしまいます」
思ってもないけれどね。すると、木の影から金髪を後ろに撫で付け執事のような格好をした男性が出てきた。だが、殺気の原因はこいつじゃない。ということはこの人物は交渉人か。
「白銀の騎士様。このような形で声を掛けてしまい申し訳ありません」
執事の格好をした男は人がいいような笑顔を浮かべ一礼をする。
胡散臭い。こういう顔をする者はろくな者がいない。
「どうか、我が主のところまでご同行を願えますでしょうか?」
「お断りをします」
そんなもの絶対に断るわ!そもそも我が主って誰のことだ!いや、名前を言われてもわからないけれど。
「力ずくでも来てもらいますよ」
「お断りします」
力ずくでも断るわ!すると、私は20人の者達に囲まれた。1対20これは私を過大評価してもらっているのか。しかし、今日は本当に懐かしい顔に会う。
「コビス。ブレイ。バニー。イスラ。アーグ。久しぶりだね。こんなところで会うなんて」
この5人も私と同じく親に売られ、そして、貴族に買われていった者達だ。これは流石にきついかなぁ。太刀持ってくればよかった。でも、後の15人は大したことはない。
答えないか。貴族のコマとして教育されているのだろう。それも生きる道の中の一つだ。それを私が否定することはない。彼らも命を掛けて生きているのだ。
剣を鞘から抜く音が聞こえる。
「あ、私に剣を向けると攻撃対象にするからね。いいかな?」
一応、言っておく。すると一瞬キルクス出身の5人の動きが止まる。その間に15人が私に向けて剣を構えた。と、同時に呪いの指輪を発動させる。最小限に押さえてもらったミレーの雷撃の指輪だ。
金属の剣に向かってほとばしる雷撃。剣先から全身に向かって突き抜けていき、私に剣を向けた15人が白目を剥きながら倒れていく。
あれ?執事の格好をした人も白目を剥いている。雷撃の余波があたったのだろうか。
「でさぁ。まだ、私に攻撃をしてくる?」
「俺たちにはそれしか道はない」
そうだろうと思ったけれどね。恐らく誓約を書かされているのだろう。でも、聞いておかないといけない。
「私に殺されても?」
「ああ」
「覚悟の上だ」
「私自身が選んだことだもの。仕方がないわ」
「俺は殺してくれるなら、それでも満足だ」
「これが生き足掻いた結果だからね」
ああ、そうか。彼らは貴族に買われていくということの真実を見てしまったのだろう。聖女誕生計画。
「そう、なら私も覚悟を決めて相手になるよ」
身体強化をして重力の聖痕を使う。
「『操り人形』」
地面から少し浮き、一番近くにいたコビスの目の前に立つ。コビスからは私が瞬間移動したように見えただろう。大きく目を見開き固まっている。
駄目だよコビス。どの様な状況にも瞬時反応出来ないといけない。以前のように泣きながらでも皆についていかないと、足を止めてしまったらそこで終わりだよ。
さよならコビス。
左手で拳を握り、雷撃の指輪と同時にコビスの腹を殴りつける。コビスは木々をなぎ倒しながら飛んでいった。運が良ければ生きているだろう。
そして、2つの剣先が向かってくるのを私は視界の端で捉えた。その剣先を掴み、その軌道のまま引っ張ると、ブレイとアーグが見合いをし、互いの額をぶつけている。
仲の良い二人だった。聖騎士と成ることができたのなら、きっと良いペアになれただろう。二人ごと蹴りを入れ、ふっ飛ばしならが、雷撃の追撃をして意識を刈り取っておく。
さよなら。ブレイ、アーグ。
「やっぱり、全然敵わないなぁ」
バニーを背に庇いながらイスラが言う。
「じゃ、止める?」
「それが許されないことぐらい、アンジュならわかるだろう?」
不敵に笑うイスラ。わかっているよ。私もここにいるのは不本意なのだから。
ん?周りがキラキラしている?イスラの後ろに隠れているバニーか!この数はヤバい。瞬時に結界を張る。この攻撃を外に出さないための結界だ。
光が大きくなり、辺り一帯が爆発するが、結界で押さえ込んでいるので局所的に済むはず。もちろん私の周りにも結界を張り、衝撃と熱風を避ける。あのままだと、第13部隊の詰め所まで巻き込まれるところだった。
その爆破の中、私が張った結界にイスラの剣が突き刺さった。やっぱり、バニーは凄いなぁ。13年共に過ごしただけはある。
この爆破攻撃にしろ、二人分の結界を張って、この中を突き抜けてくるなんて、私も嬉しくなってくる。
「何を笑っているんだ」
「バニーは凄いなって思って」
「当たり前だ!」
そう言ってイスラは私の腹に蹴りを入れてきた。そのまま私は結界の外までぶっ飛ばされる。そして、私を追随するようにイスラの剣が迫ってくる。
大切な人は守りたかったよね。バニーが貴族に買われたって知った時のイスラは、必死にその貴族に自分も買うように言っていたよね。でも、貴族の現状を見て一番絶望したのはきっとイスラだっただろう。
イスラの剣を拳で撫ぜるように軌道をそらしイスラの耳元でささやく。
「イスラ。今からでも遅くない。バニーと共に強く力を願うといい。聖痕を発現できれば貴族から一時的だけど解放され聖騎士になれる」
「な!」
私の同期の彼らは、まだ16歳だ。ギリギリだが、聖痕の発現年齢なのでいけるはず。
「これは私達が教会に買われたときの誓約。聖痕を発現したら聖騎士にならなければならないと」
そう言って、私はぶっ飛ばされている間に作った氷剣でイスラの腹を突き刺す。
「強く願うんだよ。じゃないと私がバニーを殺すよ」
それだけを言ってイスラの腹を蹴って地面に落とす。
「イスラ!!」
地面に崩れ落ちるイスラを見てバニーが叫ぶ。そして、私を睨みつけ腰に下げていた二本の剣を抜いた。
「よくもよくも!イスラを!」
「私より弱いから仕方がないよね」
バニーの剣が私を襲うが、氷剣で受け止める。
「アンジュは私達がどんな目にあっているか知らないクセに!のんきに今まで過ごしていたクセに!何が弱いからよ!」
バニーの背後の大気がまたきらめき出した。結界を!私が結界を張る前に爆破が起こり、熱風に煽られ氷の剣が溶け出した。ならば、その炎をもらおう。
燃え盛る魔術の炎に干渉し、炎の剣を手にする。
「相変わらず、むちゃくちゃね!昔からそう!こっちは必死なのに、余裕な顔してずっと前を行っている。アンジュなんて嫌いだった」
「私はバニーのこと好きだよ。私に無いものをたくさん持っているから」
「それが嫌味だって言っているのよ!」
大気が揺らめく。バニーが纏う気配が変わった。赤い渦のような波のような紋様がむき出しになったバニーの腕をつたう。聖痕の発現だ。
そして、辺り一帯を巻き込んだ爆破が起こった。
最初の聖痕の発現は暴走に近い。だから、バニーの周りに結果を張り、炎と熱風が森を焼かないようにするが、結界の方が保たなさそうだ。ゼクトと同じ手を使うか。
「『風渦』」
バニーの周りを真空状態にしてバニーの意識を刈り取る。爆破は収まり膝から崩れ去るバニー。そして、ゼクトのときとは違い緩やかに大気を戻していく。
「バニー!!」
声がした方を向けば、腹を押さえ、顔の右側半分に青い幾何学模様の聖痕をつけたイスラが立っていた。
「大丈夫。意識を失っているだけ」
「何が、大丈夫だ!アンジュ!殴らせろ!」
「いy···」
私が否定する前にイスラの拳が目の前にあった。




