498 天神のせいでさぁ
「アンジュ。贅沢を言うな。アンジュが好む肉なんて、普通は手に入いるはずないだろう」
ファルにわがままを言うなと言われてしまった。
だけど、どう見てもゴムのように噛みきれなさそうな肉にしか見えない。
仕方がない。スープと固いパンと果物で満足しろってことだね。
「それで、何を報告されるわけ?」
私はわざわざここに集められた理由を聞く。
今日はゆっくり休んで明日の早朝に出立というのであれば、いちいちこの場に集めなくても良かったはずだからだ。
「明日の予定だ。日が昇る0700に出立。王都到着後は、シュレインとリュミエール神父は王城に入って欲しい」
ファルは王族であるルディと神父様は王都到着後に別行動だと言った。
聖女お披露目パーティー、ギリギリの日程だ。王様の退位を発表するので、その打ち合わせがあるのだろう。
そう貴族共の阿鼻叫喚地獄を作ろうぜ作戦の打ち合わせじゃないと思いたい。
……ってこのパン全然手でちぎれないのだけど?テーブルに叩きつけても跳ね返されるパンって何?
保存食にも限度があると思う。
「アンジュ聞いているのか?」
私がパンに夢中になっていると、ファルの呆れた声が聞こえてきた。
いや、このパンって固すぎだよね。
「え?今の話、どこに私が関係するわけ?」
「関係なくても聞いておくのが普通だろう」
「聞こえているからさっさと続きを離していいよ」
私がそう答えていると、横からルディの手が伸びてきて、固いパンを食べやすい大きさにちぎってくれた。
これ普通に手でちぎれるんだ。
あ、そう言えば、一つ問題があった。
「ファル様。問題があるのだけど」
「あ?他の者はサイガーザイン団長から直々に言葉をたまわることになるから、別行動したいとかは許されないからな」
「違う違う」
私はちらりとルディの方に視線を向ける。
今は機嫌よく私のパンをこま切れにしていっている。
「天神のせいでさぁ、ルディが十年前と同じ状況になっているのだけど」
「何を言っているんだ?いつも通りじゃないか」
ファルが言うように、次は私の前に置かれた果物の皮を剥き出しているルディ。
普通はこのようなことを部隊長が部下にはしないのだが、ファルからすれば、いつも通りの光景だ。
「そうじゃなくて、私の姿が見えないと不安になるみたいで、いろいろ大変なの」
「……あれか」
ファルは直ぐにわかってくれたらしい。
何故なら、十年前困ってベッドで動けない私に愚痴を言ってきたぐらいだから。
「そうなると……」
「スラヴァールには、そのまま王城に入ると伝えた方がいいでしょう」
「アンジュが動くならそうなるのか?」
え?もしかして私を王城に連れて行こうとしている?
それは嫌だよ。……ちょっと待って。私が出した条件って……あ……。
「あ。うん。さっきの話は気にしないで、王都に戻ったら、ルディと神父様はお城に行くといいよ」
私は王妃なりたくないと駄々を捏ねて、リザ姉やロゼを巻き込んだのだ。
ということは、第十二部隊の上官を二人引っ張っていってしまう状況になるので、ヴァルト様に迷惑をかけてしまう。
「いや、あれはもう懲り懲りだから、アンジュも王城に行けばいいだろう。陛下もそれぐらいは許容してくれる」
「アンジュ様が王城に行くなら、我々も聖騎士としてついていこう」
ヴァルト様が隊長職務を放棄宣言しちゃったよ。
「それも考慮済みですよ」
神父様がそれを許した。ということは、聖女の聖騎士という職務のほうが優先度が高いと。
私が行かないという話にはならないんだね。
「こちらは、王城へ向うと伝えましょう」
もの凄く残念なことに、ルディの不安症候群対処のため、王城直行が決定されてしまった。
「スラヴァールも準備が整ったと言っていましたから、聖女様と聖騎士を受け入れるぐらい問題ないでしょう」
王様は貴族の阿鼻叫喚地獄を作ろうぜ計画が整ったらしい。
本当にやってしまいそうで怖いのだけど。
「それから侍従フリーデンハイドから報告が入ってきた」
ファルは次の話に移ってしまった。
王城直行便は決定されてしまったらしい。
「聖女シェーンは元いた場所に戻って、式典の準備をしていると。あの精霊のお陰で、意志の疎通が改善したと言われたんだが……アンジュ。俺は聞いていないが?」
「神父様とルディには、シェーンに通訳を付けたと言った。馬鹿だけど役に立っているみたいだね」
すると、話に一切入ってこなかった、酒吞と茨木が声を押さえて笑い出す。
私が麒麟を使えない者扱いしているのが、相当受けるらしい。
「あ。リュミエール神父、お願いがあるのです」
珍しくこの状況で、リザ姉が挙手をして神父様に声をかけた。
「何ですか?」
「あの……その……私も可愛い精霊が欲しいです」
リザ姉は、あの巨大アゲハの幼虫に未だに心を囚われているらしい。この状況で自分の欲望を口にしてしまった。
「何も功績を残していない聖騎士が何を言っているのですかね」
そして神父様は、にこやかな笑みを浮かべてリザ姉の欲望をバッサリと切ったのだった。




