492 危険因子を側に置くべきではない
「雨がやんで良かったですね」
『けいもう』が常闇に消えたので、雨風がやんだ。
そして冬の青い空を見上げながら神父様が安堵の言葉を口にしている。
いや、黒いヒビが入っている空を見あげてだ。
それはあとで閉じるよ。
「それは、最後だね。取り敢えずファル様に山を元通りにして欲しいな」
「この酷い有り様の原因はアンジュだろうが!」
ひび割れた空よりも、木々がなくなった山の原状復帰をして欲しいとファルに言う。だが、私の所為だと言いがかりをつけられてしまった。
酷い。誰が『けいもう』に致命的な一撃を入れたと思っているわけ?
ファルに指示すべきルディはここにはおらず、団長に連絡すると言ってこの場から離れている。
「いやよ!絶対にいや!」
「リザ副部隊長。駄目ですよ。隊長!リザ副部隊長が持って帰るとか言っているので止めてください!」
リザ姉が燃えた大木を背にして、背後にウゴウゴしたものを隠している。
私もそれは駄目だと思う。
「アマテラス。ひと通り雑魚がいないか見て回ってきたぞ」
「くすぶっていた火は、龍殿と共に消火をしておきました」
鬼の二人と緑龍は辺り一帯を見て回ってくれたらしい。
私の反転の盾で燃え広がった火を消してくれていたのだろう。
「リザネイエ副部隊長。宿舎での生き物を飼うことは禁止されているから、置いていきなさい」
あちらの方ではヴァルト様がリザ姉を説得している。
というか禁止されていたんだ。
ペットという概念がなさそうなのだけど、何の生き物を飼って禁止になったのか気になる。
「神父様。なぜ禁止になっているの?」
動物という存在がいないから、鳥とかだろうか。
「魔物をテイムする能力の者がいましてね。流石にデュラハンは問題がありますので、騎獣舎に入れましたね」
「その前にデュラハンがテイムできるの?」
人型だけど、そもそもの問題がテイムできるものなのかという話だ。
あと首無しの馬の方はいいだろうが、首無し騎士も騎獣舎でいいのかと首を捻ってしまう。
「いろいろいましたよ。まぁ、アンジュのように異形までは、いませんでしたが?」
「同列視されている!」
酷い。私のはテイムじゃないよ。
ヘビ共は強制的につけられた指輪のオプションだったじゃない。
「そうよ!騎獣舎ならいいわよね」
リザ姉は神父様の話が聞こえていたのか、あの巨大幼虫を騎獣舎に置こうとしている。
言葉が通じない異形は駄目だよ。
しかし、バレてしまったからか、リザ姉は虫好きを隠さなくなった。いや、あの巨大アゲハの幼虫が気に入ったのかもしれない。
「リザネイエ副部隊長。聖女様に仕える聖騎士という自覚を持つべきだ。危険因子を側に置くべきではない」
「隊長。これのどこが危険なのですか!こんなにぷにぷにして可愛いのに!」
リザ姉は必死にアゲハの幼虫の可愛さをアピールしている。だけどアゲハの幼虫の額から黄色い触角がでているので威嚇をしていた。
言葉は通じないが、危機的な状況であることはわかっているらしい。
だが、そこはリザ姉の言葉を理解して、可愛いアピールをすべきだった。私には可愛さがさっぱりわからないけどね。
取り敢えず、リザ姉のことを解決しておこう。私は巨大アゲハの幼虫を可愛いと言い張っているリザ姉の元に行く。
「ヴァルト様としては、却下なんだよね?」
「アンジュ様は許容されるということですか?」
……だから、なぜ敬語になるのかなぁ。
「私は連れて帰るのは反対かな?」
「どうして!アンジュちゃんなら理解してくれるでしょう?」
私はそこまで変な趣味は持っていないよ。リザ姉。
「リザネイエ副部隊長。アンジュ様もこうおっしゃっている。置いていきなさい」
「いやです!」
頑なに拒否しているリザ姉に向けて銀の鎖を放つ。蠢くむっちりとした物体に絡みつく鎖。そして思いっきり引っ張った。
「ああああ!アンジュちゃん!」
取り上げた幼虫に、飛びつこうとするリザ姉。その背後から羽交い締めにするロゼ。
「リザ姉。意志の疎通が出来ないものは、周りに不信感を生み出すから駄目だよ」
「それは、私がなんとかするわ!」
「リザ姉。城の地下に異形の核というべきものが溜められているんだよ。好きなものを持って帰れるように神父様にお願いしてみればいいと思うよ」
「え?」
「中には言葉が通じる虫がいるかもしれないよね」
「それって、凄くロマンを感じるわ」
どこにロマンがあるのか、さっぱりわからない。だけど、リザ姉は話が通じる虫を想像しているのだろう。
キラキラしている目で、ここではないどこかを見ている。
その間に私は銀色の鎖をブンブンと振り回す。回転させ、勢いをつける。もちろん先には巨大幼虫がついていた。
「えい!」
それを空にある黒いひび割れにむかって投げる。
「あああああアンジュちゃん!」
現実に戻ってきてしまったリザ姉の悲鳴が聞こえる。だが、巨大アゲハの幼虫は黒い隙間に入っていき、私は銀色の鎖を消した。
ずっと巨大幼虫を抱えているリザ姉は流石に引くよ。それに隊の士気にも関わると思う。
「アンジュ!よくやった!」
絶叫しているリザ姉を羽交い締めしているロゼはとても喜んでいた。
「締まりがなさすぎだろう」
そして、第十一部隊長さんの呆れた声が響いてきたのだった。




