491 決着
「アンジュ。アンジュの代わりはいないのだ」
魔王様から金色の瞳で見下されながら、説教をされている。いま、ここで?
ヴァルト様と神父様が、『けいもう』に鎖が絡みつくまでの時間をかせいでいるのに?
「だから。私も聖騎士だとわかっている?」
「アンジュは俺にとって唯一だとわかっているのか?」
いや、それは別にいいと思う。
「ルディ。また私情を挟んでいる。それにルディはあの『けいもう』に対して手加減していた」
「何を言っている」
……全然気がついていない。ルディが聖痕の覚醒状態じゃなかったことに。
「ヴァルト様が参戦してから、状況が一気にかわったんじゃないの?」
「……」
「そういうこと、『けいもう』はヴァルト様の攻撃は避けていたけど、ルディの攻撃は打ち返していた。なぜ?」
「……」
「私は言ったはず。ルディの力をこの戦いで見せてと、その聖痕が刻まれた価値を見せてと」
私はルディの右手を指しながら言った。
一度はその聖痕は顕れなかった。
それはまだルディが未熟だからだった。
世界に認められていないからだった。
まぁ、その世界というのがよくわからないのだけど。
「アンジュ。実行完了」
ロゼに頼んでいたことが実行できたらしい。『けいもう』の足元にロゼのネズミの死骸が転がっている。
暴れている『けいもう』に踏み潰されたのだろう。
「お!力が落ちてきたぞ」
リザ姉がロマンを感じていたロープの端を持っている酒吞が言ってきた。
確かに俊敏さが落ちてきている。
そして次々に絡みつく黒い鎖。
やっとここまできた。
世界が捉えたのであれば、こちらが捕まえておく必要はない。
「酒吞。もう手を離していいよ」
「おう!」
あとは常闇に叩き落とすだけ。だけど私は嵐の空を見上げる。青い空に浮かぶ黒いひび割れ。
どうやってあそこに引きずり込むのか。
「何をやったんだ?」
「え?」
「あの『けいもう』というやつの動きがおかしい」
ルディの視線の先には、剣を振っているというより、振り回されているという感じの怪神がいた。
「毒だね」
「あの縄に毒を仕込んでいたのか?」
「違う違う」
そう言って私は『けいもう』が先程ロープで酒吞と綱引きをしていたところを指す。
正確には地面に転がって……いや、もう消えて痕跡がなくなってしまったロゼの魔鼠がいた場所だ。
「さっきまでロゼのネズミがいたのだけど。私の毒をネズミに仕込んで、噛みつかせたんだよ」
元々は聖痕の力で形作られた存在だ。ということは生物ではない。
だから、私の毒の効果は現れないと考えたのだ。
「私は今回、常闇を広げられない。だから常闇を出現させるのはルディがしてよね」
そう言って、私はルディの背中を押し出す。
その間に神父様の剣が『けいもう』の胸を貫き、ヴァルト様の剣が両腕を消し飛ばしている。
だから、あとはルディが常闇に叩き落とすんだよ。
大きく息を吐いて、『けいもう』に向かっていくルディの背中を見送った。
炎に囲まれた空間に慟哭の叫び声が響き渡る。
地面に広がる漆黒の色。
打ち付ける雨は止み、風も止まった。
世界が反転する。
私は左目から聖痕を取り出し、頭上に掲げた。
闇と光がせめぎ合った世界。
「アンジュ。これで決着がついたね」
ロゼが安易なことを言った。
確かに常闇が開き、『けうもう』が袋たたき状態だ。
「ロゼ。そういうのはフラグだから口にしないほうがいいよ」
「え?ふらぐ?」
ロゼが私の言っている意味がわからないと口にした瞬間、空気が動いた。
目の前に現れる無数に尖った歯。
剣が振るえなくなった『けいもう』が私に牙を剥いてきた。
これは私が指揮官だと思ったのか、光っているので目立っているからか、標的にされたらしい。
「太陽に近づきすぎると、燃えるって神話って知らない?」
私は頭上に掲げる聖痕から光の粒を飛ばす。すると、小さな光に当たった口内から火が吹き出した。
そして黒い鎖に絡まれた胸から突き出る漆黒の剣。
「アンジュ。すまない、抜けられた」
「いいよ。ロゼのフラグの所為だから」
そのまま地面に押し付けるルディが謝ってきたけど、フラグを口にしたロゼが悪いのだ。
「なんで私が悪いことになるの!」
その間にも漆黒の地面にめり込んでいく『けいもう』。
ルディの常闇って、どうなっているのだろう?
以前も思ったけど穴じゃなくて、空間全体が常闇なんだよね。
『けいもう』の姿が完全に見えなくなったところで、世界は元の姿に戻った。
あ、うん。やはり、無理やり穴をこじ開けるのは、普通のことじゃなかったらしい。
綺麗サッパリと跡形もなく地面の常闇はなくなってしまった。
だけど、空を見上げるとひび割れた空間が存在する。
ルディの常闇は穴ではないので、穴を閉じることはない。
ということは、結局穴を閉じる聖女が必要になるのかぁ。
「アンジュ。怪我はないか!」
「ないけど?」
「なぁ、もしかして、このあと俺一人、働かなければならないとか言わないよな」
「今回も己の未熟さを思い知らされてしまいましたね。私もまだまだです」
「アンジュ様。此の度の采配見事でした」
「アンジュちゃーん。この子連れて帰っていいかしら?」
……離れたところから、戦いが終わった安堵感とは違った言葉が聞こえてきた。
リザ姉。それも常闇に還すよ。




