488 死の鎖を切っている!
空が突如として割れた。黒いひび割れが空を走る。まだ強風と雨が吹き荒れる空間に向かって黒い鎖が吐き出された。
「そっちから出てくるの!」
思わず叫んでしまう。
私はてっきり、山頂側にあった黄泉の国の入り口のようなところから出てくるものだと思っていた。
まさか空に常闇が開くなんて予想外。いや、その可能性は大いにあった。
ダンジョンで見せられた過去にもそのようなことがあったからだ。
「アンジュ!大丈夫か?」
「え?私は特に何もしていないけど?それよりも今のうちに」
ルディが私の側に駆け寄ってきたけど、私よりも『けいもう』が動けないうちに追随を……
「うげっ!」
『けいもう』が倒れていたところに視線を向ければ、立ち上がって腹を押さえながら剣を振り回していた。
氷の柱は『けいもう』の力でできていたので、解呪されるのは予想ができていた。
だけど……まさか……
「死の鎖を切っている!」
あれ、切れたんだ。いや、印をつけるための細い鎖は切れるよ。だけど、世界が獲物として認識して絡めた鎖が切れるなんて……ドラゴニュートは伊達じゃないということ?
それに今まで鎖を切った異形はいなかった。認識していないモノが多かった。
だけど、『けいもう』は認識して向かってくる死の鎖を切っている。
「恐らく本能かなにかで感知して切っているのだろう」
「あれ?ルディ。この状態の死の鎖が見えている?」
「ああ。テンジンのときも見えていたが?」
これは聖痕が覚醒したからだろうか。
ルディにも死の鎖が見えるようになっていた。
そして突然咆哮をあげる『けいもう』。
すると一気に嵐の範囲が広がった。
「やべぇ。あれ絶対に何か怒っているだろう!アンジュが腹をぶち抜いたからだ!」
ファルに私が氷の槍で『けいもう』を貫いたからだと言われたけど、残念ながらそうじゃない。
「で?なぜ、アンジュの周りで火花が散っているんだ?この雨の中で?」
「ファル様。これは『けいもう』の雨を反転したので、それは火花ぐらい散りますよね」
「散らねぇよ!」
ファルに突っ込まれてしまった。でも、この嵐で酒吞の火は消されてしまったけど、ファルが出した木に燃え広がった火は消えていない。
逆に再び火の海になる様相をみせている。
「今回も天神のときと同じく、上に常闇が開いてしまったから、強引には広げられないよ」
邪魔な嵐をなんとかしたいね。
『けいもう』が持っている剣もヤバそうだよね。死の鎖を切れる時点で容易に近づくのは危険だ。
「あと、別のところにも常闇を発見したから、広げるなら山全体だね」
「それで、どう動きますか?」
そういう指示は、ルディか神父様がして欲しいな。
「私は遊撃隊だね。主戦は聖剣を持っているみんなが頑張って欲しいな。緑龍の情報では、住処の山に固執しているようだからね」
そう、土地じゃなくて物欲だった。
「第一撃は食らわせたよ。世界は獲物を逃さないはず」
『けいもう』は囲んでいる私たちを睨んでいる。それは私たちが今も攻撃をしているからだと思っているからだ。
死に繋がる鎖が、全く別の思惑のモノから放たれているとは思っていないのだろう。
「しかし、その鎖では絡め取られていない。逆に切ってしまっていますね」
「見ればわかる。だから、まずはあの剣をどうにかしないとね」
神父様の言いたいことはわかる。上から見ていて思ったのが、水の防御で攻撃が全く通っていなかったこと。
そして世界の力である黒い鎖でさえ切ってしまう狂剣。
試しに銀色の鎖を放ってみたものの、散り散りに切られてしまった。
「だったら、これに願ってみるか?」
背後から酒吞の声が聞こえてくる。願うってどういうこと?
振り向くと、左肩に見慣れないものを担いでいた。
緑色のむっちりとしたものが蠢いている。そして擬態の大きな目に、短い足、頭の上にVの字の触角をだして威嚇している。
「アゲハチョウの巨大幼虫!」
もしかして、リザ姉が出したの?この巨大幼虫。絶対に中型犬ぐらいの大きさがあるよね。
「おや?常世神ですか。もしかして、糸の原因はこれですかね」
「神!これが神!」
茨木の言葉に思わず叫んでしまった。
確かに、蜘蛛の糸のようなものに引っかかるという報告は上がっていた。
それがまさか、アゲハチョウの巨大幼虫だったなんて!
「絡め取るなら、こっちの糸の方がいいんじゃないのか?土蜘蛛でもいないのかと探したが、これしかいなかった」
とても残念そうに言う酒吞。
「それによく燃える」
違った。
茨木に役立たずと言われたのが悔しかったのだろう。
戦うための手駒を探し出してきたようだ。
「で?どうしたら、糸が出るの?」
「神だから祈ったら出てくるんじゃないのか?」
そして、どうやら虫の神と意思の疎通は、難しそうだった。




