484 進むも地獄。止まるのも地獄。
「その『けいもう?』っていうの?」
ロゼはネズミを放って、そのネズミから情報を得ていた。
「アンジュの精霊に似ている……ような?」
え?『けいもう』って龍なの?
それじゃ、龍神でよくない?何故に怪神って呼ばれているの?
「そうねぇ。なんというか。二つの姿を合わせたような感じよねぇ?」
リザ姉も巨大な蜂から情報を得ていた。だけど、二人とも首を捻っている。
どうも、今までに見たことがない姿をしているらしい。だけど、リザ姉の言いたいことが、私には分からなかった。
二つの姿といって、青嵐と月影は同じ種類なので、合わせても色が混ざるぐらいにしかならない。
「例えていうなら、顔はドラゴン。体は人だね」
「ドラゴニュート!」
ロゼの言葉にピンと来た。
ドラゴンの亜人系が『けいもう』の姿だ。
「アンジュが、またおかしなことを言い出しだぞ」
「アンジュ。その『ドラゴニュート』とはなんだ?」
そうか。亜人がいないから、ドラゴンの亜人種もこの世界にはいないのか。いや、そもそも魔物が外の世界からやってきたから、ドラゴニュートは存在しないってことだね。
「説明が難しいなぁ。ドラゴンの力を持った人かな?姿はドラゴンを人の姿にしたような感じと言われているね」
ああ、そうか。リザ姉は、ヘビ化した姿と中華風武将の姿を足して割ったということを言いたかったのか。
「それで、他になにかわかる?動きは止まっているようだけど」
ここから見ると茨の動きが止まったので、『けいもう』はリザ姉の巨大蜂に囲まれて進むのをやめたようだ。
流石にあれは警戒するよね。
「わからないよ。こっちは伐採中だし」
「そうねぇ。こっちを警戒している風だけど、こちらから攻撃しないから、止まっているだけなのかもしれないわね」
ロゼのネズミは、茨を齧り切って戦闘の場所を整えてくれている。そしてリザ姉は『けいもう』をその場から動かさないように威嚇してもらっているので、それ以上の情報は出てこないのかもしれない。
「これ以上は何も情報がないようだから、私は行くよ」
もうすぐ酒吞が『けいもう』と接触する。そうなると、あたり一帯が火の海になる可能性がある。
夜叉戦の二の舞だ。
すると、ロゼのネズミもリザ姉の蜂も意味をなさなくなる可能性がある。
だから、私は走り出す。
ルディに常闇を開いてもらうことも考えたけど、空間に穴が空いている場所を埋める必要がある。
だから、その場所を見極めるために、常闇が開くのを促したほうがいいという結論に至った。
「アンジュ!待て!」
えー。ルディに捕まると好きなように動けないじゃない。
ルディが追ってくるのを振り切るように、私は誰も通っていない茨の道を突き進んでいったのだった。
前方から聞こえる轟音。風に乗ってくる熱風。
「アンジュ!待てと言っているだろう!」
そして、後方から迫りくる魔王様。
進めば火の海に飛び込むことになる。が、足を止めれば、魔王様に捕獲されるのだ。
進むも地獄。止まるのも地獄。
あ、これは口に出すと怒られるから言わないよ。
私は熱風を避けるように、少しずつ方向をずらして進んでいる。
茨に足を取られるほど密集して生えているが、元々は私の聖痕だ。私が進むのには何も問題はない。
私が進む方向に茨が道を作ってくれている。
だけど、その背後から押し迫ってくる魔王様は、茨に苦戦しているようで、少しずつ距離が開いていっていた。
「ルディは、そのまま火が上がっている方向に向かって直進。この作戦は全方向からの攻撃だからね!私はまだ先に進むから!」
「アンジュ!」
「ルディ!聖騎士とはって、何度も言わないと駄目なのかな?聖騎士ならその力を奮うべき相手を間違わないでよ!」
私を追いかけているルディに向かって叫ぶ。
ここに来る前に言ったことを、何度も言わないと駄目なのかな?
世界が聖騎士と認めたのだ。その力を奮うのは私に対してじゃない。
「……アンジュ。なにかあれば、絶対に俺を呼べ!いいな!他の誰でもなく俺だぞ!」
ルディが私に向かって念押しをしてきたけど、なにか違う気がする。
しかし、聖騎士としてルディは、私を追いかける足を止めた。その足を方向転換して進む道を変える。
ルディの気配が遠ざかるのを感じて、ほっと胸を撫でおろした。
あのまま捕まっていたら、絶対に離してもらえなかったと思う。
そう、私が居ないと不安症候群のルディにだ。
今回は、聖騎士としてのルディが勝ったのだろう。
私は足を止めて空を見上げた。
ああ、本物の天使はえげつない。
上空に金色の翼を広げた天使が、光の光線を次々と大地に向けて放っていた。
立ち上る炎。上空から攻める天の使徒。氷の柱が立ち上がり、戦闘範囲を狭めるように伸びていく木々。
これにルディとヴァルト様が参戦するのだ。
あれ?もしかして、私が参戦しなくても決着が着いちゃう?




