482 檻は動かないぞ
茨に覆われた山だった麓にたどり着いた。
これは、茨の姫を助ける王子も諦めるしかないという密集具合だ。
「怖いよ。これ入ると茨に絡め取られない?」
「そもそも、入れるのかしら?」
「あっちが、ものすごく蠢いているから、大丈夫なんじゃないのか?」
ロゼとリザ姉とファルが若干離れたところで話している。言っておくけど、これは『けいもう』にしか反応しない設定だからね。
だから、西側でものすごく茨が動いているのは、そっちに『けいもう』がいるからだ。
「西側の動いている方にいこうか」
「アンジュ。その前にこれを解いたほうが進みやすいのではないのか?」
ルディがそう言ってきたけど、それだと『けいもう』を押し込められない。
「天ノ岩戸の崩壊だけどいいかな?」
「術を解くのだからそういうことだろう?」
まぁ、再び嵐にまみれたいならいいのだけど。
「なぁ、ツクヨミの旦那。アマテラスが封印をしたんだ。怪神とやらが、封印を解けないのなら、このままの方がいいんじゃないのか?」
「酒吞は雨が好きではないですからね」
「ジメジメしたのが、きれぇーなだけだ。茨木」
酒吞がそのままでいいと助言するも、茨木から雨が苦手だということを暴露されてしまった。
酒吞は火の属性だからね。雨は苦手なのは龍神の女将さんの時にわかっていたよ。
逆に茨木なら……そうだね。凍らせてもらってもいいかもしれない。
私がもやもやと考え事をしていると、視線を感じたので視線を茨の山から離す。すると、私に視線が突き刺さっているのに気がついた。
え?なに?
「封印?」
「これが封印なの?」
「アンジュらしいと言えばいいのか?」
いや、天ノ岩戸って言ったし……あ、それは酒吞と茨木に説明するための言葉だった。
ちょっと、私がおかしなことを言っていたら、それはどういう意味か確認ぐらいしてよ。
「雨を降らせないようにしたって言ったよね」
「確かに言っていたが、まさかこんな状態だとは思ってなかった」
そうだよね。茨姫を助けに行く王子様も、尻尾を巻いて逃げる状態だろうね。
そして私は西側の茨が生き物のように蠢いているところを指し示す。
「『けいもう』が外に出ようとしているところがあそこ」
「そんな感じはしていましたよ。怪しい気配がありますからね」
「『キジン』という異形と同じぐらいですか」
口数が減っていた神父様と、ヴァルト様は気がついていたようだ。いや、あちらの方に行こうとしなかったルディも、気がついているのだろう。
私の安全が優先ではなくて、『けいもう』と戦わないと駄目なんだからね。
「それで作戦はどうする。目印はあるから、全方向から攻める?」
短期決戦が望ましい。
相手に逃げる隙を与えると、嵐になってこっちが不利になるからだ。
「え?様子見じゃなかったの?」
「時間がないから、そうなるわよね」
「夜戦はヤシャっていうヤツとの戦いで懲りごりだからわかるが、斥候を出すとかないのか?」
ロゼは若干、引き気味のようだ。ロゼもリザ姉も支援系なので、正面から戦うのは避けたいのだろう。
「誰かを斥候に出す時間はなさそうですね。私たちが気づいたように、あちらも気づいたようですよ」
神父様が指摘したように、茨の動きが徐々にこちらに向かってきている。
そう、移動しているのだ。
「さて、どうする?」
私はルディに意見を聞く。いい加減に私を解放して欲しい。
「リュミエール神父は上空から攻めてください。ファルークスは南側に木の壁を作ってから北上。ヴァルトルクス第十二部隊長は、西側からだ。シュテンたちは遊撃だ。好きなようにしろ」
「おう!」
「それでは行ってまいります。アンジュ様」
ルディは、酒吞と茨木の扱いをだいぶんわかってきているようで、好きなようにさせるようだ。
酒吞はまっすぐに、敵がいる方向に突っ込んで行った。
その後から茨木と緑龍がついて行っている。いや、酒吞が茨を切って燃やして出来た道を進んでいるのだ。
ルディとしては、酒吞を足止めに使うのだろう。全方向から攻めるにしても、山を回り込むのと茨を切り進むのに時間がかかるからだ。
「うわぁ。躊躇なく入って行ったよ」
「私たちは、隊長についていなくても良かったのかしら?シュレイン第十三部隊長」
いつの間にか神父様の姿も、ヴァルト様の姿も無かった。
そしてファルは、木を生やす職人化していた。相変わらず凄いね。
「将校ロゼ。斥候の役目を与えよう。あの魔鼠共をだせ」
おお!確かにロゼのネズミだったら、茨の隙間を通って『けいもう』というモノと接触できる。
「あの?私の魔鼠は戦えませんが?」
「あ!ロゼ。戦わなくていいから、『けいもう』っていうヤツの周りの茨を噛み切っていてよ。たぶん次々と生えてくるから」
「……それ、キリがないじゃない。アンジュが止めればいいだけだよね」
「うーん?『けいもう』を外に出さない檻という呪文だったから、止めると檻がなくなると思う」
「檻かぁ」
「檻なのね」
「アンジュ!檻は動かないぞ!」
遠くの方から、ファルの声が聞こえたけど、ファルは木を生やす職人化しておいてよね。




