477 神父様の古傷が!
「俺はアンジュを殺したかった」
「そう、それで?」
ルディは自分を表に出すのが苦手だ。だから、子供のころの私はルディの揺れる心に気づくことも無かったし、神父様のルディに対する複雑な感情は知らなかった。
いや、神父様も表に出す人ではないので、今もそれはわからない。
だけど、だんだんと私に依存していくルディは感じていた。何かに縋り付くように手を伸ばすルディに、手を伸ばした自覚はあったからね。
「しかし、アンジュを失うのも怖かった」
「そう」
「だが、リュミエール神父の特別だったアンジュが憎らしかった。俺を受け入れてくれたリュミエール神父を奪うアンジュだが。……その間で揺れていたんだ」
ルディは大きく息を吐き、言葉を止めた。
そしてルディは、私を見る。その目は黒く闇を映していた。
「アンジュの死は、俺の死だった」
「大げさだね」
「俺はアンジュが側に居なくなって始めて理解できた。リュミエール神父は俺を受け入れてくれていなかったと。アンジュだけが俺を認めてくれていたのだと」
「そんなことないよ」
「もし……もし、アンジュが生きている時に戻れたのであれば、今度は間違わないと」
「……」
嫌な予感がするのだけど。
「今度は絶対に側から離れないと」
あ……うん。そこが、今の状況の根元だね。
「俺は、リュミエール神父。貴方に認めてもらいたかった」
「心外ですね。シュレインのことは認めていますよ」
「貴方はそうやって、息をするように嘘を吐く。貴方は一度だりとも俺を、王族として認めてくれなかった。今だから、俺を王に押し上げたが、兄上が倒れたとき、俺の後ろ盾になってくれなかったのは何故だ」
あ、確かに王様毒殺事件のあと、回復の見込みがないのに影の長を王様に仕立てた。
普通ならば、リュミエール神父様が叔父として王に立つか、ルディを王に立てるべきだった。
親が王に慣れず兄王の死によって、王に立つ王弟が忌避された黒を纏うものであっても、大将校までなった神父様の発言力は強いと思われるが。
あーなんだったかな?
何とか家が教会を牛耳っているから、聖騎士団に所属していた神父様が左遷されたんだっけ?
ああ、発言力が強いから左遷されたんだね。
ただ、神父様は今の貴族を牛耳る力を個人で持っていそうだから、貴族を黙らせるのは簡単だと思う。
だけど、未だに初恋を引きずっている神父様からすれば、複雑なところなのだろう。
「シュレインの次期王にと言ったのは、現国王のスラヴァールです。私はただの神父でしかありませんからね」
今の自分には何も力はないと言う神父様。
よく言うよね。神父様が一声かければ、今までの教え子の誰もがその場で膝を折るだろう。
それほどの教育を神父様はしてきたのだ。
はぁ、悪魔神父に文句を言っても無駄なのは、よく分かる。
神父様の根底にあるのは深い闇だと思うから。
「わかった。いや、わかっていた。リュミエール神父。貴方は俺の為には動かないと。でも、俺は貴方を心から慕っている。貴方ほど凄い聖騎士は存在しないと」
「そうですか。それは嬉しいですね」
いつもの胡散臭い笑顔で答える神父様。
そこに何も感情がこもっていないことぐらい、何年も神父様の元にいた者たちならわかるだろう。
「だから、俺は貴方ができなかったことをする。聖騎士として、そして王として、太陽の聖女を守ることを」
……ルディ!それ神父様に喧嘩売っていない?
神父様の古傷をグリグリ押し開いちゃっているよ!
「それは楽しみですね」
「ひっ!」
「ここから逃げたいわ」
「シュレイン。それはヤバいって!」
ルディの言葉に答えた神父様の笑顔に残酷さが帯びた。
それに思わずロゼはリザ姉の背後に隠れ、リザ姉はロゼと共に背後に下がっていっている。
そしてルディに注意するファル。
あの笑顔、やばいよね。
「熱っ!」
突然左目が熱くなる。何故に左目?
あ、聖痕を右目から左目に移したのだった。
左目から取り出して、上に放り投げる。
いきなり熱を帯びるのをやめてくれないかな?
「聖騎士同士の争いはだめだよ。それで、だいたいわだかまりは、出たかな?」
私への憎悪と依存という矛盾。
神父様への憧れと絶望という乖離。
それを抱えて生きていた胡散臭い笑顔だったルディは今はいない。
今は、それを口にできるようになった。
だから十年前とは違う。
「人って矛盾を抱えて生きているからね。大切なことは自分自身と向き合うことができるかってこと。ルディ、成長できたね」
私は背伸びをして手を伸ばす。
えらい。えらいとルディの頭を撫でた。
「そうやって、シュレインを甘やかすのはアンジュぐらいですよ」
神父様。これはさっきの言葉を守っただけ。
ルディを褒めるということ。
その私の手がルディに取られてしまった。
え?なに?
「太陽の光が満ちる昼間もあれば、闇が支配する夜がある。アンジュのその言葉に俺は救われた。本気で怒るアンジュに俺は救われたんだ」
理不尽な言葉には怒るよね。別にそれって普通のことじゃない。
「アンジュの小さな背中に救われた。だから今度は俺がアンジュの前に立つ。そう決めたんだ」
「だったら、自由に行動する私についてこれないと駄目だよ」
私は、私の行動を変えるつもりはない。
私が聖騎士で居続けなければならないのであれば、その根底にあるのは神父様の言葉だ。
聖騎士は敵に背を向けてはいけないということ。
「そうか。ここでリュミエール神父に勝つ必要がないという言葉にかかってくるのか」




