475 試されていた
「たぶん、見せしめのクッキーが原因だよね」
これはルディに初めて会ったときの話だ。神父様が自然の味そのものパサパサクッキーを私にくれたのだ。ルディの目の前でだ。
「アンジュが恐ろしいことを言っている」
「見せしめのクッキーって何かしら?」
ロゼとリザ姉は知らないだろう。というかその時期の記憶は殆どないと思われる。
リザ姉はあの事件のことは記憶にあるかもしれないけど、原因は知らないと思う。
だけど、ルディには私の言葉に心当たりがあるようだ。
「あれはアンジュが悪かったわけじゃないだろう」
「まぁ、それはわかっているんだけど。小汚くて髪もガタガタで、ひ弱なクソガキが神父様から食べ物を与えられた。これは人からどう映るか、私がわかっていなかったということだね。神父様?」
「何を言っているのです?アンジュ」
「酷いね。そしてえげつない。それを甥であるルディの前でやった神父様の意図」
当時は神父様とルディの関係を知らなかった。だから、私は警戒しながらも受け取った。
「あれ、ルディを試していたんだよね?」
私の言葉に神父様は笑みを深めた。相変わらず食えない悪魔神父だ。
「甥であるルディよりも、小汚いクソガキに目をかけている。それもあれ、特別扱いだったよね?それはルディも嫉妬するよね。この私に」
「え?」
「え?」
「まぁ、そうなるわな」
ルディの近くにいたファルは分かっていたらしい。クソガキへの嫉妬心。
「それで、私がもらったクッキーを奪ったヤツが三人も死んだ」
「三人?あら?それってもしかして?」
リザ姉は何かを思い出したようだ。
そう、私がもらったクッキーを奪って食べた者たちが、毒を食らったように死んだのだ。
恐らくこれは神父様の仕掛けた罠。
正と邪を分ける能力というものが、あるのだろうと推測される。
これは推測の域をでないから、口にはださない。
これが神父様に、勇者の聖痕があってもおかしくはないと思っている原因だ。
「これ、普通の子たちに対する牽制もあったけど、ルディを試していたよね。私への扱いをどうするのか。そして、更に気をかけているというふうに、私に声をかけた。その後、私の頭を撫でて褒めた。めったに褒めない神父様がだよ」
今思えば、ここからおかしくなったのではないのか。
小汚いクソガキを褒める神父様。それも甥であるルディの目の前でだ。
最初は神父様に当てつけようと思ったのかもしれない。神父様が可愛がっている……全くそんなことはないのだけど……クソガキを奪ってやろうと思ったのかもしれない。そして己を見てくれるようにと。
「本当に最悪だよね。それからだよね?ファル様」
「俺に振るなよ。俺にリュミエール神父が悪いと言わせたいのか?絶対に言わないぞ」
半分言っているようなものだけどね。
ファルは気づいていたのだろう。神父様の行動が、ルディを動かすきっかけであり、私に構い出したきっかけであったことを。
「それにさぁ、私は神父様じゃないよ」
私は当たり前のことを口にする。
だけど、きちんと言葉にしておかないといけない。
ルディは私に褒めろと言った。だけど本当に褒めて欲しいのは神父様からのはずだ。
だから、心の奥底にくすぶっている想いは満足することがない。
「神父様に認めて欲しいのなら、本人に言えばいい。別に勝たなくてもルディの持てる力を見せつければいい。それにルディはルディだ。神父様じゃない。比べる必要もない」
私はニコニコと笑みを浮かべている神父様を見上げる。
笑顔の奥にある想い。私にはわからない。だけど、その中にあるのは憎悪だと私は思っている。
神父様は次期王であったが故に、最愛の人から忌避され、兄に奪われてしまった。
その兄と最愛の人との子供に対して、何を思っているのか。
恐らく、とても複雑な想いを抱えているのだろう。
だから。だからこそ。神父様はルディに対してあそこまでのことができたのだろう。
私の死という最悪な結末をルディに突きつけることが。
「それから、リュミエール神父様」
私は初めて神父様の名を呼んだ。今まで教会にいて、神父様の名を文字で見たことがないとかありえないからね。
でも、私はわからないフリをしていた。
私は教会を出るつもりだったし、王族には関わりたくないと思っていたからだ。
しかし、ここに来て、それは無理だと突きつけられる。
だから私も神父様に向き合わないといけない。
「あなたの私への嫌がらせを、私は許します」
「嫌がらせとは失礼ですね」
「は?教会での色々なことを忘れたとは言わせないけど?」
「教育者として当然のことをしたまでですよ」
「あの軍人教育が普通じゃないことが、聖騎士団に来てわかったのだけど?」
「おや?私の教育基準に文句があるのですか?」
「無いけど、やり過ぎだったと認めるべきだよね」
「そうやって、楽しそうに二人で話しているのがムカつく」
ルディ。これは楽しく話しているとは言わないんだよ。




