471 これは狂愛と言っていい
「アンジュが好きだ。だから、側にいて欲しいという思いに変わりはない」
それは、わかっている。痛いほどわかっている。
「アンジュが自由に行動をするのは、はっきり言って認めたくない」
「それは横暴っていうものだと思う」
キルクスのときでもある程度は自由はあったのに。町で買い物とかできないというのは、流石に酷いと思う。
「黒狼を監視につけても、アンジュは丸め込んで意味がなかっただろう?」
それは朧のことだろうか。
朧は名を与えてしまったのだから仕方がない。私に逆らうとペナルティーを受けるみたいだしね。
「だから、別の監視をつけることで、妥協する」
「え?結局、監視をつけられるの?」
そしてルディは何もない空間に向かって呼びかけた。
「リト。来い」
するとルディの影が膨らんで、一人の少女が顕れた。
見習いが着る隊服を着ているので、体格では少年か少女かの区別がつきにくい。だけど、片目を覆うように伸ばされた黒い髪の隙間から見える容姿が、どうも女の子のように見える。
リトと呼ばれた少女は、怯えたような金色の瞳を私に向けていた。
初めて会ったと思うのに、何故に怯えられているわけ?
「これ。なに?」
私の監視として役目を与えたのなら、普通の者ではないはず。だけど黒狼のように頭の上に大きな三角の耳はついていない。
「アンジュは知っているはずだ」
「は?」
初めて会う少女なのに、知っているだって?
リト……どこかで聞いた名前だけど……リト……精霊……ん?
『特に意味がなさそうで良いんじゃない?精霊石から出てきた精霊で』
って言った覚えがある!
「まさか!ツチノコの出来損ない!」
「ぐふっ!」
元ツチノコの出来損ないは、力が入らなくなったように、地面に項垂れる。
確かによく見れば、髪がいくつかの束になって固まっているようにも見える。
「八岐之大蛇はメスだった!」
これは世界がひっくり返るほどの衝撃の事実だ。
生贄になんとかの姫を所望していたはず!これは百合!いや、生贄だから食べるためなら、性別は関係ないのかも。
「我が主。まだ成長していないので、あのような身なりですが、オスです」
「世界に順応させることを優先させましたので、成長は後回しになりました」
何故か勝手に出てきた青嵐と月影が説明してくれた。以前も思ったけど、何故にそのことを私が知らないのかなぁ。
「まだ、心配なところはあるが、コレをアンジュにつける。因みにアンジュのワガママは聞かなくていいと言っている」
「私は、そんなにわがままは言っていない」
あれが欲しいとか、これが欲しいとかは、必要最低限の物しか言っていない。それにこの隊服もリザ姉のお古でまかなっているぐらいなのに!
「アンジュのわがままは、俺が聞く」
「……そういう、流れね」
「アンジュの全てのわがままは叶えてやれないが、その努力はしよう」
まぁ、ある程度の自由を認めてくれたらいい。全部が全部自由にできるとは思っていない。
だけど、今の雁字搦めの束縛は改善して欲しい。
「愛しき天使に、永遠の愛と忠誠を誓おう」
ここは嬉しいとか言わないといけないのだろう。物語なら笑みを浮かべて『私も好き』と言えば感動的なシーンとなるだろう。
……けど。だけど……その愛が重いと言ったら駄目なのかな。駄目なんだろうね。
そう、一言いえば全てが丸く収まることは理解している。
いつまでも、私がグダグダ言っていては駄目なことを。
しかし。しかしだ。
ルディの本心は先程言った言葉そのままなのだ。
ものすごく想いが重い。
私と出逢って、ルディは初めて人になれたと言葉にする時点で、ヤバいのがわかる。
溺愛を超えて狂愛と言っていい。
なんだかんだと言っていたけど、これを素直に受け入れたら、監禁生活まっしぐらのような気がする。
何故ならルディは先程言った言葉が本音だろうからね。そう、私の自由行動を認めたくないという言葉だ。
これは少しこちらから仕掛ける必要があるかもしれない。
言葉を紡ごう。私は私だ。
「ルディ。ありがとう」
「アンジュ!」
「この世界は私にとってどこまでも鳥かごの中だった」
「この世界?」
「三歳までは家の外に出してもらえず、軟禁状態。教会に売られてからも、私は教会の外に。町の外に出られなかった。飛び出していけば、すぐに連れ戻された」
私は青い空を見上げる。冬の空は低く青い色が薄いけれど、雲一つない綺麗な空。
「聖騎士団に来ても同じ。空はこんなに綺麗なのに、世界は大きく広いのに、私はここに縛られている」
そして、私はにこりと笑みを浮かべた。
「この私を、そこのツチノコの出来損ないを連れて行くという条件で、自由にしてくれるなんて」
「そこまでは言っていない」
「言ったよね?」
「言っていない。そんなことを言うと物理的に拘束するぞ」
「ひどーい!ルディがウソをついた!」
「アンジュがそんなことを言うのが悪いんだろうが!」
「と、私なら言うから、そんな条件を出さないほうがいい」




