469 告白
「そのアンジュがここにいるのは何故だ?」
「神父様に騙されたから」
「アンジュは黙っていろ」
はぁ、私が作り出した雰囲気だけど、これどうするわけ?すごく機嫌の悪い魔王様から無言で見下されているのだけど?
その魔王様は無言で私の右手を掴んで、何処かに連行しようとしている。
えー?どこに連れて行かれるわけ?
私が話すとややこしいことになるらしいから、焼き菓子を乗せられたお皿を持ったまま、連行されている。
連れてこられたのは食堂から外に出たところだった。寒々しい青い空の下、冬の風が吹き抜けている。
そこで私はしれっと結界を張って、もぐもぐと焼き菓子を食べていた。
何かな?凄く無言の圧を感じるのだけど?
「アンジュ」
「……(もぐもぐ)」
「俺はアンジュが聖女だから、側に居て欲しいと思ったことはない」
それはわかっているよ。昔からだからね。
「アンジュと出逢って、俺は初めて人になれたと思った」
重っ!ものすごく重い話を最初から切り出されてしまった。
人になれたってなに?
それまでは何だったの?
「人では無かった俺を、人にしてくれた……いや、アンジュの側だから人として生きることができたと思っている」
え?これヤバくない?
私が少年ルディをいい子いい子しすぎたってこと?
私はこの状況から脱却すべく、周りをみわたして助けを求める。が!人っ子一人見当たらない。
「そのアンジュを目の前で失ってしまった」
私はもう頭を抱えたい状況だ。
あの時はルディの周りに他の人もいた。ちょっとずつ周りの人と打ち解けるようになっていた。
だから、そこまで私に固執しないと思っていたのも事実。
だから、文句を言いながらも悪魔神父の策にのったのだ。
「俺の中にはそのときの恐怖が燻っている。アンジュを失った俺には何が残るのか。俺は人なのか?それとも別の何かなのかと」
神父様!やっぱりあの作戦は最悪の結果になっているじゃない!
トラウマというより、人格崩壊一歩手前と言っていいと思う。
「ただ」
え?なに?まだ何かあるわけ?
「アンジュと再会して過ごした日々は、空白の十年を埋めるには十分だった」
空白!え?その間も色々あったんだよね?何故に空白期間になっているわけ?
「凄く幸せだった。が……」
が?
「アンジュは俺以外の奴らも魅了していくことに腹立たしかった」
……それはないから。魅了ってないから。
「アンジュもフラフラと何処かに行くのも変わっていないし、俺よりもヴァルトルクスを優先させるし」
「凄く文句を言われている!」
え?ファルは私を説得するように言っていたのに、何故かルディから文句が出てきた。
「アンジュは俺をもっと甘やかすべきだと思う」
「私が悪いと!」
するとルディがクツクツと笑い始めた。え?なに?
「でも結局、好きなようにしているアンジュが好きなんだ」
そして何故か頭を撫でられている。
「身構えられるような話じゃないんだ。アンジュが何であろうと、俺が何であろうと、こうして共に生きていきたい」
なにか吹っ切れたように、笑みを浮かべるルディ。
なに?情緒不安定?
逆に私が困惑してくる。
「身分がないアンジュと王族である俺でも、聖女のアンジュと聖騎士である俺でも共に生きていきたい。それが俺の心からの想いだ」
これが、以前私がグチグチと言っていたことへのルディの答え。私が身分を盾にして否定したとき、王様は王族である意味をなくした。
恐らくこれはルディのこの言葉を聞いていたからだ。
私がどういう立場でも関係ないと。
「しかし、アンジュはいつも俺を置いて行ってしまう。だから、俺はアンジュの手を引っ張って引き止めるのに必死なんだ」
ん?私は置いていったことはないと思うけど?
「鎖で繋いでも駄目だったし」
「物理的な拘束は犯罪だよ」
「契約で縛ると文句を言われるし」
「言うよ」
「自由奔放なアンジュを、どうすれば引き止められるかと考えてみたのだ」
「真剣に考えることじゃないと思う」
何を言われるわけ?
私は徐々にルディから距離をとるべく、足を下げていく。しかし、左手は焼き菓子がのったお皿を持ち、右手はルディに掴まれたままなので、これ以上さがれないところまできてしまった。
これはお皿を置いて、ルディを振り切るか!
「アンジュ。家族になろう」
「え?」
「アンジュがキルクスに戻ったときに、『ただいま』と言ったことがとても印象に残っていた」
ああ、天狗事件があったときのことだね。私が冒険者ギルドに預けた魔石を取りに行ったときの話。
「アンジュの帰る場所は、聖騎士団の俺の隣ではなく、キルクスなのかと。しかしシスターたちを家族だと言っただろう?」
「そうだね。三歳から最近まで一緒に暮らしていたからね」
それは今の私の人生の殆どを共に過ごしているということだ。もう家族と言っていいと思う。
「だから、これからは俺がアンジュの帰る場所であり、家族でありたい」




