463 絶対に悪化している
「あいつ、絶対に後でボコる」
はい。魔王様に捕獲された私は宿舎の一室に連行されていた。それも一人用だと思われる狭さ。
これは絶対にルディ一人がこの部屋を使うようにあてがわれたのだと思う。
「ルディ。私にあてがわれた部屋ってどこかな?」
私は私一人で休むと、私の部屋を聞いてみた。うっ……お腹がギリギリとしまってくる。
「ルディ。私の部屋……うっ……これ以上締めると、さっき食べたものが出る」
これ以上は駄目だ。キラキラエフェクトを出しかねない状況になる。
「どうみても一人用の部屋なのだけど?」
「それがどうした?」
どうしたもこうしたも、狭いし、ベッドなんてルディが横になればそれでいっぱいの広さしかない……はっ!これは私が床で寝ればいいということか!
「一緒に寝ればいいだろう。いつものことだ」
え?何か違う気がする。
でも取り敢えず、シャワーをしたい。ここ数日、お風呂に入っていないもの。
ここには共同の大浴場があると聞いた。もちろん男女別だ。
リザ姉とロゼを誘って行ってみよう。
そして、シレッとリザ姉とロゼの部屋に紛れ込もう。
「ルディ。わかった。取り敢えず、大浴場に行きたいから解放して欲しい。もちろん、リザ姉とロゼを誘って行くから」
「駄目だ」
がーん!シャワーも使えないの?
「あいつらは今から実験をするのに手伝いをさせるとリュミエール神父が言っていた」
「え?実験?」
何の実験をするわけ?転移っていうこと?ルディの力がなくても上手く行くってことなのかなぁ?
これは流石チート神父と言っていいのかもしれない。
「それから、この部屋は上官の空き部屋だからシャワー室がついている」
ルディが指し示したところに扉が見えた。確かに水回りが併設されているっぽい。
これは、シレッとリザ姉とロゼの部屋に転がり込む作戦が最初から破綻している。部屋からでなくても済むということだ。
はぁ。仕方がないか。
魔王様のご機嫌を取りつつ休まないといけないということか。
でも、あのレクトっていう人。嘘は言っていないんだよね。
だから、怒るようなことはないのに。そう、私は思いながら、魔王様から離れてシャワー室に入っていったのだった。
「髪がギシギシしている……まぁいいか」
備え付けの石鹸で髪を洗ったら、髪の指通りがここは通行止めだぜという感じになっていた。
しかし、教会にいたときに比べればマシだろう。髪をいつ梳いたのかという状態だったからね。
ギシギシの髪は諦めて魔術で乾かそうとしていたら、突然扉がバキッという音を立てて開いた。
え?鍵をかけていた意味がないのだけど?
「アンジュ。無事か?」
「え?何が?」
焦ったようなルディが扉を壊して入ってきて、まだ髪がぐしょぐしょの私に抱きついてきた。
何が無事なのかさっぱりわからないのだけど?しかし、ロングキャミソールを着ていて良かったよ。
「よくわからないけど、ルディもシャワーすれば?鍵は直しておくから」
と言ったものの、ルディはピクリとも動かない。これは何が起こっている?
「どうしたの?」
「アンジュが戻ってこないから、消えてしまったのかと……」
これはとてつもなく悪化している!私の姿が見えないと不安症候群にかられているじゃない!
私、半年間ですごく頑張ったよ。
胡散臭い笑顔を浮かべて敬語を話すルディを。
あちらこちらに力をばら撒いて、嫌厭されているルディを。
少しずつ対応して、普通に話すようになったし、力もばら撒かなくなったし、私への執着もほどほどに……なったと思っていた矢先に、コレ。
天神許すまじ。
確かに、あれからずっと捕獲されていたような気分になっていた。そうワイバーンから飛び降りて、水じゃない水に飛び込んでから。
……私が悪いわけじゃないよ。
「ルディ。私はここにいるから、取り敢えず離れようか。まだ髪を乾かしていないし」
さっきから背中に水滴が垂れるのだけど?
すると、ルディに抱えられて、そのままルディの膝の上に鎮座することになった。何故に?
どうやら、髪を乾かしてくれるらしい。ギシギシの髪にオイルを塗って梳いてくれている。
私は髪なんてどうでもいいのだけど、ルディは好きなようだ。そうだよね。王様と同じだものね。
髪を乾かしてもらっていると、何故か眠くなる。ガクンガクンと身体が舟を漕ぎ出した。
「ふぁふぅ~」
「アンジュ。横になっていいぞ」
髪が乾いたのだろう。私はそのまま横になる。そして、眠りの海に沈んでいった。
*
「どうすれば、俺の腕の中に落ちてくれる?」
シュレインはアンジュの銀色の髪を撫でながら口にする。そのアンジュはすぅすぅと寝息を立てていた。
「リュミエール神父のように翼を生やせばいいのか?ヴァルトルクスのようにすべてを壊す力があればいいのか?アンジュを守れなかった俺が悪いのか?」
なにやら物騒な言葉をシュレインは呟いている。そしてどうも天神が見せたアンジュの死が、シュレインに重くのしかかっているようだ。
「何故、俺には名が与えられない」




