461 それは動けぬ恐怖
「光の矢よ。嵐を切り裂き鬼哭啾啾の如く標的に戒めを与えよ『終夜の縛霊』!」
私は食堂の壁に向かって光の矢を撃ち放った。
壁を壊すことなく突き抜ける光の矢を確認して、もう一つ番える。そして矢を放つ。
「普通の呪文ではなかったわよね?」
「アンジュの呪文っていつもおかしいけど、どんな状態になるの?怖すぎるのだけど」
リザ姉とロゼが何か言っているけど、その間に次々と光の矢を放って行った。
「思ったのだが、アンジュの矢が届く前にアイツが逃げる方が早いんじゃないのか?」
ファルが言ってきたことは正しい。
嵐の中、遠方にまで魔術が届くのかという問題が出てくる。
私は疑問を口にしたファルを振り返りながら見る。それも馬鹿にしたような目を向けながら。
「な……なんだ?」
「私は神父様の言う通りに、足止めの矢を放っただけ、それをどうするかは神父様だよね」
その神父様は笑っていない笑みを浮かべながらルディの背後に立っている。魔王様に悪魔参謀がついているのだ。なにもしないはずはない。
私は魔王様と悪魔参謀に近づいていった。
「それでどうかな?できそう?」
「もう完了していますよ」
そう答えた神父様は、ルディの銀色のタグを凝視している。距離としてはワイバーンでも半日はかかる距離だ。すぐに反応あるはずはない。
『ぐわっ!なんです!これは!』
銀色のタグから聞こえるうめき声。
他にもうめき声が聞こえることから、うまくいったみたいだね。
「アンジュ。何をしたの?いつもと感じが違うようだけど?」
「そうよね。なんだか人とは思えない声が聞こえるわ」
そうだよね。いつもは痺れるだけだから、大したことはない。だけど、今回は行動不能にさせるということだから、いつもとは違う仕様にした。
「うん。まる一日はこのままかな?」
「それだけ時間があれば十分です。今日はゆっくり休みましょう」
神父様はまさに悪魔だった。
「レクトフェール。これはあなたへの罰ですから、甘んじて受けなさい。シュレイン、通信は切っていいですよ」
その言葉と同時に、うめき声は聞こえなくなり、嵐が窓を揺らす音のみが食堂内に響き渡っていた。
「アンジュ様。先程の矢は以前使われていた術とは違ったようですが、効力も違うということですか?」
「そうだね。壁を通り抜けた時点で違うとわかるよね。ヴァルト様」
以前使った光の矢は、対策を打てば避けることができるように作ってあった。それは建物であったり、結界であったり、防御できる仕様だった。
今回は建物内にいる人に向かって矢を放たなければならなかったので、本来の仕様に戻したと言っていい。
「あと、足止めって言われたから、怨霊……幽霊を足止めとして使ったんだよね。暗い部屋の中で拘束されるって怖いよね」
いわゆる金縛り。身体は傷つけずに拘束するには、どうすべきかと考えて作った技だ。
「動けないし、怪しい声が聞こえるし、精神的にまいるよね」
「ユーレイがよくわからないけど」
「あ!レイスってこと」
怨霊だとわからないだろうと思って言い直したけど、それも通じなかったようだ。ロゼに突っ込まれてしまった。
「それで、ルディの空間干渉と神父様の空間隔離を使って、バビューンと飛んで行ったってこと」
「ちょっと待てアンジュ。空間に干渉をしたからと言って、すぐには……まさか転移か!」
「少し違いますね。世界の裏側を通ったといえばいいですかね。転移をぶっつけ本番で使うわけにはいきませんからね」
ファルの疑問には神父様が答えてくれた。流石に練習なしに転移を使うことは、チート神父様でも不安に思ったらしい。
取り敢えず、ルディの力と神父様の力を合わせられるかという問題は解決できたようだ。物理的妨害を排除して世界の概念を超えて、モノを移動できるかということを実行したらしい。
らしいというのは、私の二人の行動を見ていたわけではないからだ。あとは、物質移動ができればいいということ。
普通に転移移動ができればこんな苦労はしなくてもいいのだけど、世界の中を飛ぼうとすると、私達はきっと黒狐の王妃の二の舞いになるだろう。
次の手を神父様は考えているのだろうなと考えていると、第一部隊長から甲高い音が聞こえてきました。そして、先程の声が聞こえてきました。
『第……一部隊……長。……応答……をね……が……う』
息遣いが荒い第十一部隊長さんの声が聞こえてきました。
これは一部始終を知っている第一部隊長に助けを求めているのでしょうか。
その第一部隊長さんは神父様の方をチラチラ見ています。
神父様がうなずいたのを確認した第一部隊長さんは、大きく息を吐き出してから、銀色のタグに向かって声をかけました。
「レクトフェール。聖女様の力をその身で感じているなど羨ましい」
そういうことじゃない!第一部隊長!
前世の妹よ。この推しは変態思考だと知っていたのかな。




