460 酔狂している人?
「あの?神父様。私、その第十一部隊長さんが誰か知らないのですが?」
私は首を傾げながら、神父様に尋ねる。レクトという名に覚えがないし、第十一部隊長さんの姿に記憶がない。
たぶん、闘技場で魔王様が降臨した、部隊長が総出だったときには居たと思うのだけど、私はそれどころではなかったので、さっぱり記憶にない。
するとシーンという沈黙がその場を支配した。
え?だって私、この人が第十一部隊長さんだと紹介された記憶はないけど?
だからその人に向けて魔術を放つことはできない。
「ほら、アンジュちゃん。いつも暇があれば、教会で祈っていた方よ」
「アンジュが真面目に教会の掃除をしないから、怒っていた人だよ」
リザ姉とロゼが教えてくれるも、さっぱり記憶にない。別に教会で私達を見ない聖女像に祈っていても、その人の信仰心を否定することはない。それに掃除のときに怒られるなんていつものことだったから、記憶に残るほどのことじゃなかった。
「えー?モップ振り回して怒られていたのはいつものことだったし、窓を拭くのに盾の足場を使っていたら何故か怒られたし、聖女像に水をかけて汚れを落としていたのも怒られたし、だいたいいつも怒られていたから誰に怒られたかなんて覚えていないよ」
「アンジュ。それ全部、レクトフェール第十一部隊長に怒られたやつだから」
ロゼに全部同じ人からだと言われてしまった。そうだった?
「ファニング伯爵家の心酔ぶりは有名ですからね。アンジュの適当な感じにいつも苛ついていましたね」
そう!ファニン家!
聖女シェーンが言っていた裏切る人物として名を上げた人。
「聖女信仰の人!」
「この国では誰もが聖女を崇めていますよ」
まぁ、そうなんだけど、聖女爆誕計画?あれ?聖女創造計画?なんだっけ?
それに加担している家っていうことだよね。
『その信仰心の欠片もない感じは、まさにあの生意気なガキ。最近まで教会にいたにも関わらず、改心することも無かったのですか』
ルディの通信器からその第十一部隊長さんの声が聞こえてきた。
うーん。全く姿が浮かんでこない。
たぶん、どうでもいいと思っていたのだろう。
「レクトフェール。それ以上アンジュを貶すとぶっ殺す」
『聖女として名を残せなかった者が母親だけあって、相変わらず野蛮ですね』
は?何故にここにルディの母親の話が出てくるわけ?
ちらりと神父様に視線を向ける。
え……笑顔を浮かべているものの、なんだか異質なオーラを纏いだしているようにみえる。
『私としては、あなた達と顔も合わせたくないですね。そこに出来損ないの聖女の血筋のファルークス第十三副部隊長もいるのでしょう?本当に穢らわしい』
これは……副部隊長のファルが連絡を取らなかったのは、こういうこと?第十一部隊長に嫌われていたから?
そして、笑顔を浮かべた神父様の方を再び怖くて見れなくなってしまった。
この人はなんでこうも、神父様の地雷を踏み抜いているわけ?
「アンジュ」
「はい!」
「この人物に見覚えはありますか?」
顔を上げると、神父様の前のテーブルの上に光で陣が描かれて、その上に手のひら大の人が浮かび上がっていた。
幻影の魔術だ。たぶんこれは光魔術の応用。
その浮かび上がった人物は十五歳ぐらいの少年で、暗めの赤紫色の髪に赤い瞳をもった少年だった。
「あっ!」
その姿を見た瞬間、幼い頃に教会でグチグチと怒ってきた少年のことを思い出した。
熱心に教会で祈っているから、思わず聞いてしまったのだ。
『上ばかり見ている聖女に何を願っているの?』と
祈りを捧げる者たちを見ない聖女に何を期待しているのかと聞いてみたのだ。すると、赤い目に炎が宿ったかのように怒りを顕にして怒られた。
『聖女様を愚弄するとは万死に値する』と。
いや、愚弄はしてないと思うのだけどね。
「思い出しましたか?レクトフェールにはその場にいて欲しいですからね。五つぐらいでどうですか?」
うわぁ。神父様が激おこだ。
初恋をいつまでも引きずっている神父様の前で、ルディの母親をけなされたのだ。
これは自分がその場にいくまで足止めをしておけということだよね。
「五つ……そんなの逃げれないし、避けることもできないわ」
「それもお仕置きじゃない方だよね。私の結界も貫通するやつじゃない」
下を向いたままガタガタと震えているリザ姉とロゼ。
そうだよね神父様って怖いよね。
『総員。今すぐ撤退です!こんな嵐よりも恐ろしいものが来ます!』
何処かに向って叫んでいるような声がルディの通信器から聞こえてくる。
え?嵐の中、逃げる方が大変だと思うのだけど?
「アンジュ。逃げられる前に仕留めなさい」
「了解しました!」
しかし、私には神父様に逆らうという選択肢はなく、建物の北側の壁しかない場所に向って右手を宙に伸ばしたのだった。




