449 陰の聖痕
「貴方達はここで何をしていたか、聞いていいですかね?我々が来て二時間で解決したことを、なぜ解決できなかったのですかね?それで第十二部隊長に指示を受けることを否定するのは間違っているとは思いませんか?」
直立不動で立っている甲冑に神父様が笑っていない目を向けながら質問をしている。
二体の甲冑はガタガタと震えながら、悪魔神父の話を聞いていた。
「この鳥、大きいね。どこで狩ってきたの?」
それを横目で見ながら、私は巨大な茶色い魔鳥のことを酒吞に聞いている。ルディに解体を見てみたいと言った手前、きちんと見学をしていた。
「あ?空を飛んでいるやつを仕留めたんだ」
「へー。槍か何か?」
「いや、さっきの戦いで回収した薙刀だ。試してみたらよく切れたんだ。これが」
よく切れたのは、天神の神力かなにかで作られたものだと思うしね。
「自在に空を飛べるというのは利点ですよね。あの景教の僧を見て思ったのですよ」
茨木は神父様が空を飛んでいたことを言っているのだと思うのだけど、鬼は空を飛べる要素はないだろう。
「緑龍が陽動してくれたお陰で、簡単に仕留められましたね」
……緑龍?はっ!存在を忘れていたよ。
視線を巡らせれば、巨大な魔鳥の羽をむしり取っている中華風の鎧をまとった緑龍がいた。
凄く違和感なく、混じっている。
「答えられないのですかね?なぜ、行方不明者を直接探しに行こうとしなかったのですかね?」
神父様。それはいくら神父様の教え子でも重力の反転に対応できなかったと思うよ。
「そう言えば、その薙刀って天神が消えても、無くならなかったんだね」
「神器が残る伝承はありますから、問題はないのしょう」
言われてみれば、三種の神器ってあるよね。
「ふーん。薙刀しか無かったの?酒吞なら大剣があうと思うのだけど」
「あるぞ。最後に犬神のやつが現れたんだが、ソイツの武器を奪ってやった」
犬神がどんなものかわからないけど、酒吞の知り合いで、大剣を使うモノだということはわかった。
それも嬉しそうにしながら、鳥の羽をむしっているから、楽しかったらしい。
「以前から疑問でしたが、なぜエリンエラを副部隊長に指名したのですかね?ただ突っ立っているのが副部隊長の仕事だと勘違いしているのですか?」
うわぁ。神父様、それたぶん誰も口出しできないことを言っているよ。
各部隊の副部隊長の指名の権利は部隊長か団長が持っているからね。団長が文句を言わない限り、誰も言わないと思うよ。
「もしかして、『陰』の聖痕の使い手だからとか安易なことではないですよね?」
ん?かげ?影?
いや、エリン姉の感じからすると何か違うな。
『陰』か。私でもそこにエリン姉がいると認識しなければ、存在を感知できない。
これは偵察とかに良さそう!
それなら、敵の情報を得やすいと……あれ?エリン姉の性格からいけば、情報収集というより、引きこもりと言っていい。
エリン姉のことを考えていると横から声をかけられた。
『爪はどうするのだ?何かに使うのか』
「『え?冒険者だったら売るのだけど?』」
日本語で聞かれたから普通に日本語で返してしまった。
「天目一箇神でもいれば、こういう素材を武器として打ってくれそうですけどね」
「爪を好んで集めているやつもいたよな」
それに対して、茨木は聞いたことがない神の名前をいい。酒吞はコレクションにしているモノがいると答えた。
あ……もしかして、緑龍が鬼たちと一緒にいるのは、言葉が通じるから?
「『ちょっと待ってて』」
私は慌てて先程いた家に入る。そして食事の準備をしているリザ姉に声をかけた。
「リザ姉。小さなスプーンってある?」
「あるわよ?どうしたの?」
リザ姉から木を削って作られたスプーンを渡された。それを受取り、ヘラリと笑いながら言う。
「たぶん、返せなくなるけどいいかな?」
「うーん?私はここの家主じゃないから、なんとも言えないわ」
リザ姉の言うとおりだ。確かに空き家になっているところを間借りしているだけにすぎない。
「それじゃ、これをアンジュにあげるよ」
そう言ってロゼが紙袋から取り出したものを差し出してきた。普通のスプーンよりも取っ手が短いものだ。
「ティースプーンだよ。可愛かったからそこで買ったんだよ」
「え?こんなところでお店が開いているの?」
ティースプーンが出てきたことよりもお店が開いていることに驚いた。
因みに差し出されたティースプーンは貝の形をした茶さじだった。私には可愛いかどうかは判断がつかない。
「聖騎士相手に商売しているのよ」
「あ……王都の北地区の商店街と同じか」
ここに滞在して何日になるのかはわからないけど、確かに聖騎士相手に良い商売だと思う。
「ありがとう。後で別のものを買って返すよ」
納得した私はロゼに礼を言って、外に出る。そこには既に原型を留めていない肉塊が積み上げられていた。
あれ?そんなに時間をかけていないのに、もう解体が終わってしまっている。
「『緑龍。これを飲んでみてくれない?』」
私は有無をいわせないように笑顔で、紫色の液体に満ちたティースプーンを緑龍に差し出したのだった。




