447 怖い。怖いわ。あの子。
「アンジュ。ワイバーンから飛び降りるなと何度言えばいいのだ?」
「飛び降りないとは言っていないし」
「シュレイン。こういう場合は理由を聞き出すのですよ」
唯一、人が住んでいた山の中腹にある町に戻ってきた。
この町を離れて二時間ほどしか経っておらず、第七部隊長はまだ復活していなかった。
途中で制限時間が発生してしまったために、急いでいたのはある。
だけど、二時間にしては濃い戦いだった。
私は疲れたので、横になって寝たいな。
「ロゼ。リザ姉。エリン姉。シュトレンを一緒に食べる?」
疲れたときは甘いものがいい。身も心も回復してくれる。
一切れ食べてしまったけど、ほぼまるまる一つ分ある。みんなでわければいいぐらいだ。
「お茶を用意するから、リュミエール神父の質問にはちゃんと答えておいてよ」
「身体が温まるものがいいわね。なにかいいものないかしら?エリンエラ?」
「……私に話しかけないでもらえる?リザネイエ。私は壁なのだから」
置物の甲冑に擬態したエリン姉を置いて、ロゼとリザ姉は、何か身体が温まるものを探しに出かけてしまった。
え?外に行ってしまうの?私も行きたいなぁ。
「アンジュ」
「アンジュ」
本当に似ていない叔父と甥は、こういうところはそっくりだよね。
酒吞と茨木はお酒と食べ物を探しに行っておらず、ヴァルト様とファルは第七部隊に指示を出すために、ここにはいない。
部隊長をボコ殴りにして使えなくしてしまったので、水の底に沈んでいた町の調査を指示しに行ったのだ。
そして私はここで尋問を受けている。参謀悪魔神父と魔王様にだ。
クラスチェンジをしたためか、圧迫感が今までの比ではない。
そのためか、エリン姉は先程から話をふられないようにか全く微動だにしていない。擬態能力の高さが凄いと関心してしまう。
「はぁ、酒吞と茨木が私のことをアマテラスと呼んでいるけど、元になる神がいるんだよ」
このままだと、まともにシュトレンを食べられなさそうなので、仕方がなく私が起こした行動の説明をする。
「その神が生まれた流れを逆にしてみただけ」
そうアマテラスが生まれた流れを逆にしただけ。
「父神が死の穢れを清めるために水で清めたんだよ。その水で左目を洗ったときに太陽の神が生まれて右目を洗ったときに月の神が生まれたと神話にある」
だから私は神の水で聖痕を洗って、右目ではなく左目に入れた。アマテラスが生まれた流れを逆にすることで、力を抑えようとしたのだ。
結果、何がよかったのかはわからないけど、聖痕は無事に私の光彩として存在している。
「神は生まれる前に戻った!ふふん!これで私は私として暮らせるというもの」
ドヤ顔をして言う。
誰が聖女として崇められたいと思うのか。そういうのは聖女シェーンに任せるよ。
しかし、神父様は首を傾げている。
「そんなことで聖痕の力が抑えられるものですかね?」
……言われてみればそうかもしれない。
「そもそも神が穢れるとは何なのでしょうかね?」
一応、この世界にも神という概念は存在する。世界を作った創造主という存在だ。
創造主しか存在しない世界で神が穢れるというのが理解できないのかもしれない。
「神話だからね。そんなに難しく考えなくていいと思うんだよね。その父神は死した神の妻を迎えに行くために死者の世界に行って……行ってる!」
あの聖王自身が死の国に行っていた!だから、聖王が持っていた聖痕の力が穢れていた可能性が出てくる。
それを私が天神が作り出した水で清めたとも言えなくない。
「あの太陽の聖王も死の国に行っていた!だから聖痕の力が穢れていたから、上手く操作できなかったんだ!納得した!」
「アンジュ。そう言えば、あの時も聖王の名を出していたな」
「おや?聖王というのは、初めて魔術を使った者のことですか?どこでそのような話が出てきたのですか?」
まぁ、私がこんな話をするのはおかしなことだよね。
「常闇の中でカマをかけてみたんだよ。死者の魂は常闇の中に存在している」
神父様の肩がピクリと動いた。そう、きっかけはルディの母親だ。
なぜ、彼女が現れたのかは不明だけど。
「ならば、私と同じ聖痕を持つ聖王も存在しているはず。黒い鎖を奪えたのだったら、本体の聖痕も奪えるはず。常闇を照らす力をだね」
「どうしてそんな考えに至ったのですかね?」
「アンジュ……それは密会していたということか?」
ルディ。なぜそんな考えに至ったのか私が聞きたいよ。
「怖い。怖いわ。なに?聖痕の力を奪うって」
置物であるはずの甲冑がガタガタと震えだしている。エリン姉。擬態が解けかけているよ。




