446 神は生まれる前に戻った
「ハァハァハァハァ」
私は前のめりになって肩で息をしている。苦しい。息をするのもままならない。
「ぐっ……」
胸の前で強く手を握って耐える。もう少し、もう少しで……
「アンジュの輪っかが異様に光っているなぁって思っていたけど、聖痕の覚醒って本当にあったんだ」
「ええ、ただの噂だと思っていたわね」
ロゼ。私のは覚醒じゃなくて、太陽の聖王が持っていた能力を奪ったんだよ。
覚醒をしたのは、私の背後にいるあれから口を聞かなくなった魔王様と、腕を組んだまま寝ているのか考え事をしているのか不明のヴァルト様と、ワイバーンの上に立って何故か金色の翼を生やしている悪魔神父だ。
神父様。あれ、絶対に空を飛ぼうと画策しているよね。
「アンジュ。そこまでする必要があるのか?」
そしてファルは呆れたように私がやっていることの必要性を聞いてきた。
「は?王冠のような輪っかが頭の上に浮いているなんて馬鹿っぽいじゃない」
「いや……普通は尊いというべきだろう」
そう、私は頭上に輝く王冠のような輪っかをどうにかしようと頑張っているのだ。
手で触るから火傷するのであって、手で触らずにどうにかすればいいだけのこと。
そして胸の前でネックレストップのように光り輝く輪っかが出来上がっている。あとはこれを固定化すればいい。
地上に付く前になんとかなりそうだ。
ん?地上?
「水が無くなっている!」
海のように満たされた地上の水がなくなっていた。あれは天神の力によって作られた水たったなのだろう。
いや、一部が残っていることから、天神の力の残り香のようなものが、まだ存在しているということなのか。
「うわっ!……せっかく小さくしたのに、元に戻ってしまった!」
小さくしたのに、再び頭上に戻ってしまった太陽の聖痕。
気を抜いたら駄目って致命的じゃない?
「天ノ岩戸のようなものがあればいいのでしょうね」
私が苦戦していると茨木がヒントを教えてくれた。天ノ岩戸かぁ。
アマテラスが凶暴な弟を恐れて引きこもったという話。
「うーん」
光を通さない黒い箱を闇の魔術で作ってみる。岩戸のように箱の扉を引いて開く。押して閉じる。
この動きをするのは……やはり目の中に入れるのが一番いいような気がしてきた。
「しかしあれだろう?閉じこもっちまったら、災が起こるっていうやつだろう?」
「ん?」
「世界が闇に覆われて魑魅魍魎が跋扈するようになったという話ですよね。まぁ、所詮神話ですからね」
なんだか、みんなからの視線が痛い気がする。酒吞と茨木が話しているのは天照大御神の話だからね。
ここではない世界の話だからね。
「アンジュ。聖痕を隠すのを止めてみないか?」
「……世界が暗闇になったのはルディの所為だからね」
それに月の聖女に力を搾取され続けられるじゃない。自分で力を補って欲しいものだね。
月……ツクヨミかぁ。ちょっと神話をもじってみるのもいいかもしれない。
「ちょっと、そこの泉に落ちてくるから!」
と言い切る前に私は、重力の聖痕を使って空に身を投じて急降下した。
「アンジュ!」
ルディの叫び声が聞こえた。そろそろワイバーンに乗るときにシートベルトでも装着させられるかもしれない。
位置を調整しながら眼下に残っている泉に身を投じる。水に落ちたにも関わらず衝撃がなかった。呼吸もできる。
やはり天神の力によって作られた水のようだ。
さて、水面に顔を出す。そして頭上に掲げている王冠のような輪っかを掴む。そしていつものように頭上から引きずり下ろす。
熱くない!やはり神の作り出した水だけはある。
そして光る聖痕を水につけて、左目に押し付けた。すると今までの苦労が嘘のようにすっと押し入っていったのだ。
「神は生まれる前に戻った!よし!」
「また、よくわからないことを言っていますね」
すぐ近くから悪魔神父の声が聞こえてくる。恐る恐る視線を上げると、金色の翼を生やした悪魔神父が空中に浮遊しながら、私を見下ろしていた。
恐ろしい!悪魔神父はとうとう空も支配してしまった。
泉の中にいる私。それを見下ろす金色の翼を生やした神父様。
第三者から見れば、天使に神託を受けている少女と題名が付きそうだが、如何せんその背後からワイバーンに乗った魔王様が降臨している。
私の個人的見解は、悪魔神父の参謀に足止めされて、魔王様の制裁を受けるしかないという状況でしかない。
私は諦めて、泉の上に立つ。流石、神の水。私は泉に落ちる前と変わらず、銀髪が風になびいていた。
いや、神父様の謎の翼で発生した風に煽られていたのだった。




