444 そうだ!京都に行こう!
縦横無尽に広がっていく黒い鎖。
恐らく、弱ってきた天神を捕まえるために出てきたのだろう。しかし、その天神は既に常闇の穴の中。この場にはいないのだ。
いないモノを捕まえようと伸びてくる黒い鎖。
「黒い鎖に捕まったのなら、すぐに私のところに来て!すぐに解除するから!」
空間の隙間を縫い合わせるように銀の鎖を這わせて行く。だけど一度出てしまった黒い鎖は勢いを失うことなく、世界を貫いていった。
「アンジュ!常闇を閉じなさい!」
神父様がそう言うけど、ルディが近すぎるの!
黒い鎖に囲まれてしまい、ルディは身動きが取れないでいる。
「『樹海!』」
そのとき、ファルの声が響いてきた。そして地面から突き出てくる木々の壁。密集した木々に阻まれ黒い鎖は空へ打ち上げられた。
ん?地面?
薄暗くてわかりにくいけど、いつのまにか金色の雲が下に広がっている。
これはまさか!
「天神の世界が崩壊する!」
この状態で足場が無くなるのは駄目だ。まだ、常闇を閉じていない。
それに私達がいるのは雲が存在するほどの上空。いや、それよりも更に高い場所だ。
だから、私達が落ちるのは空に見える謎の湖。
身体がふわりと浮き上がった。
そうだよ。天神を倒すと、天神が作った空間も崩壊するなんて当たり前じゃない!なぜ、思いつかなかったの!
私は銀色の鎖を三方に伸ばす。そして、それをある方向に投げつけた。
「アンジュ!」
「私は常闇を閉じるから、神父様。あとはよろしく」
ルディとファルとヴァルト様を神父様に押し付けたのだ。
私は透明な盾の上に立って、崩壊していく世界と共にオチていく四人を見る。
チートな結界を張れる神父様がいれば、超上空からの落下も耐えれるだろう。
「ねぇ、貴女達の望みは何か聞いていい?」
私は銀の鎖で縫った空間の隙間から世界を覗き込んでいる目に尋ねた。
でも答えてくれないだろうということはわかっている。ただ聞いてみたかった。
既に聖女システムは崩壊している。
それでは彼女たちの望みは叶うことはないだろう。
しかし、その崩壊すらも計算に入れていたとすれば、私の今までの考えを根底から覆すことになってしまう。
聖王と彼女たちの望みは違うと言われた。
でも、私は思う。貴女達の力は世界に還るべきだと。
「まだ、貴女達と相対するときじゃないね。そうだね。貴女達の望みがなんであれ、私は私の意志で動くよ」
王城の地下の穴を閉じたとき、何かが起こる。そのとき、世界は何を選択するのだろう。
私は両手を前に突き出し、周りの常闇を回転させる。広がった常闇を収縮させるように、銀の鎖で縫った場所を中心にして回転させていく。
私の銀の髪が常闇に煽られるようになびいていくも、私が常闇に呑まれることはない。
太陽のように光を放つ聖痕が、黒い靄を消失させているからだ。
あれ?これは今までになかった現象だ。
光に当てられた影が形を変え、光が強ければ強いほど濃い影になるように、渦の中心は漆黒の闇に満たされてしまった。
そして私の周りには青い空間が広がっている。天神が作り出した屋敷も金の雲も消え去り、見慣れた青い空。
その青い空に墨でも落としたような常闇。
私は両手を引き、銀の鎖を消失させる。そして、常闇は回転している勢いのままひび割れた空間に滑り込むように落ちていった。
常闇が入りきったところで、パシュンっという弾くような音が聞こえたかと思うと、ひび割れた空間はなくなっていた。そこはいつも通りの空が存在していたのだった。
「終わったー」
立っていた透明の盾から足をずらし、そのまま重力が赴くままに落ちていく。背中からダイブするように落ちていく。
空が綺麗だね。
「はぁ、ダラニースエル地方は海の妖怪だと思っていたのに、まさかの天神。このクラスの連戦は流石にキツイよ」
誰もいない空の中で愚痴る。
あ……下に落ちる前に、聖痕をしまっておかないといけない。
私は頭上にある王冠のような聖痕に手をかけ、引っ張った。
「あつっ!」
持つことはできたけど、場所を移動させようとすれば、痛いほどの熱さが襲ってきた。
右手をみれば、焼けただれている。
え?何故に自分の聖痕で火傷しているわけ?
今度は左手で挑戦してみる。
熱さと発光を抑えるように念じながらだ。
「熱いわ!」
左手も火傷をしてしまった。
なにこれ?聖王の力を奪い取ってしまった報い?
太陽の聖痕を隠せないなんて最悪じゃない!……このまま何処かに逃げるか。
今なら誰もいない。
それに黒い腕輪ならこの太陽の聖痕で焼き切れそうな気がする。
ん?行けるんじゃない?
そうだ。京都に行こう!
うん。そんなノリで行けそうな気がする。
「アンジュ!無茶をするな!なぜ、一人で残ろうとした!」
背中の衝撃と共に魔王様の声が聞こえて、黒い目が私を見下ろしていた。
京都に行こうというノリでは、旅立てなさそうだ。




