439 疑問があるのだけど?
転移できたのかわからないほど、視界は暗闇に満ちている。
しかし、私が放った巨大な炎の海が離れた位置に見えた。そして、それを見上げる人影。
私はその人影に向かって手を伸ばす。
が、切り裂くような殺気に触れ、思わず手を引っ込めた。そして私の横を通り抜ける風。
追随するように重い剣戟が私を襲ってきた。その剣を盾の魔術で打ち返す。
魔王様。太陽の聖痕を掲げているのに、私だと気づいていない。これも想定内だ。問題はない。
目に見えない攻撃を受けつつ、風の魔術で攻撃を返しながら、徐々に私は後方に下がって行く。
神父様の勇者の剣が輝きながら、何かに向って振り下ろされているのが見えたので、この場からルディを引き離すためだ。
そう言えば、日本では太陽が昇らなくなった理由が、素戔嗚尊が暴れているのを恐れて、天照大神が天岩屋戸に隠れたんだよね。
まぁ、それもわからないでもない。
盾で防いでいなければ、逃げの一手しかないだろうからね。全く何で攻撃されているのか不明だし。正面にルディがいるはずなんだけど、この距離で姿が見えないし、それで全方向からの攻撃だ。
さて、この辺りでいいかな?
「疑問に思っていたことがあるんだよね」
私は目の前のルディではなく、別の誰かに話しかける。
「世界から太陽が昇らなくなって、再び太陽が昇るようになったのはなぜなのかって」
ダンジョンで見せられた昔話のことだ。
「あれって次の階層では太陽が昇っていたよね。その過程が無かった。なぜ?」
私の疑問には誰も答えない。まぁ、返事が返ってくるとは思っていない。
「そこで私は一つの仮説を立ててみたんだよ。世界の力は獣人たちが使っていたけど、獅子王がその手で世界に返した」
これが獅子王と黒狐の王妃の対立を生んだ。
「世界に返された力は人々の願いに消費されてしまった。太陽という希望を人々が願った。それが今、世界を照らす太陽。っていうのだけど当たっている?」
初代王とされた太陽の王。初めて不老不死の獣人に勝てた者。反旗を翻し、人々を扇動した者。人々の希望となった者。
ただ一点。ただ一つ。ただ一度だけ。彼は過ちを犯した。
彼が太陽の聖痕を得るきっかけになったことだ。
「ねぇ、貴方は太陽の聖痕で何をしたの?本当であれば、空に太陽を掲げるのは貴方の役目だったはず」
銀髪の月の聖女は天に月を掲げていた。だけど、太陽の聖痕を掲げたにも関わらず、獅子王が彼の元を訪れるまで太陽は空に昇らなかった。
そもそもだ。金色の鎖が太陽の聖痕に付随しているのがおかしいのだ。なぜ、金の鎖を手にする必要があったのか。
「たとえば……緑の手を持つ女性を死の世界から連れ戻そうとしたとか?死の国は暗いだろうね。寒いだろうね。鎖は帰り道を示す光の道だったのかな?」
空間の一部が揺れた。私はルディの前に空蝉の術で私のダミーを残して、私の目印となる聖痕を右目に隠し移動する。
揺れた空間に向けて、銀の鎖を檻のように絡め放った。
「『霊縛』!」
私は陰陽師じゃないので上手くいかないかもしれないけどね。
「こんにちは」
私は暗闇の中、銀の鎖の檻の中に入っている淡く発光するモヤに話しかけた。……誰だかわからないよ!
酒吞!茨木!ちょっと、どちらかここにいないの!
『恐ろしい女だな』
発光するモヤが喋った。言葉がわかる。いや、黒狐の王妃の言葉もわかったので、あれはダンジョンのシステムの問題だったということだ。
『それがわかったからとして、何になる?』
別にどうにもならないことはわかっている。これは過去に起こったことで、既に終わってしまっていることだからだ。
「用があったのは、太陽の聖痕を持っていた貴方」
私は銀色の鎖の檻の中に入って、捕縛した光るモヤに近づいていく。
「貴方の望みと月の聖女の望みは別のところにある。そう聞いたけど、あっているのかな?」
『……』
「別に私にとっては、違いなんてどうでもいいことなんだけど」
『何が言いたい』
「聖痕の力は代を重ねるごとに弱って来ていることで当たっているかな?」
『……』
答えないのか答えられないのか。
そもそもの疑問が、月の聖女と太陽の聖女の生まれてくる周期の幅だ。
なぜ、太陽の聖女は200年ごとでなければならなかったのか。
「魂の保管。これがネックだった。だから、今まで発現しなかった闇の聖痕の力はこんなに大きくて強く。闇を払うはずの太陽や光がこんなにも弱い。風が吹けば消えてしまいそうなほどの光しか満たせない」
神父様の光でも、この闇を照らすことはできず、私の太陽の聖痕でもこの深い闇を照らすことはできなかった。
この能力差は何なのか。
元を正せば、失われた時代。始まりの時代に生きた者の存在が、肉体を失っても在り続けるという矛盾が全ての原因なのではないのか。
『お前が弱いことを俺の所為にするな!』
憤った声が光るモヤからでてきたと思えば、銀髪の男性が現れた。それも王冠のような太陽の聖痕を掲げていたのだった。




