437 濃い闇
「うぎゃっ!」
「ぐぇ!!」
「おや?本当に暗闇ですね」
神父様の恐ろしい技……奇跡的な力のお陰で、私と神父様は真っ白な空間から出ることができた。
しかし、ひび割れた空間の隙間から飛び出たので、どこに出るのかも把握できなかった。そして、真っ白な世界から真っ黒な闇の世界に出てしまったので、視界が確保できなかった。
私、何かの上に落ちた気がする。
明かりがないので、仕方がなく右目から太陽の聖痕を取り出し、頭上に掲げた。……私はうつ伏せのファルの死体の上に落ちてしまったようだ。
「アンジュか!さっさと降りろ」
「あ、生きていた」
「勝手に殺すな!」
そして神父様の方に視線を向けると、ちゃっかりと床におりていた。え?同じ隙間から出たのに、何故に私はファルの上に落ちて、神父様はちゃっかりと床の上に……あれ?床だ。木の床だ。
「ファル様。何故ここにいるの?外でワイバーンたちを守ってるって言ったじゃない」
ファルを上から見下ろしながら尋ねる。すると、身体が斜めに傾いた。
「降りろって言っているだろうが!なぜ、お前は羞恥心というのがないんだ!」
床に転がされる私。背中の上に乗っていることに怒っているのかと思えば、私の羞恥心がないことに怒っていた。
羞恥心?別にスカートを履いてはいないので、裾がめくれていることもないし……あっ!
「さっきシュトーレンを食べたから、口の周りに白い粉が付いているとか!」
神父様が試してみましょうと準備をしている間に、コートの内側に肩がけしていたカバンから紙袋を取り出して、腹ごしらえをこっそりしていたのだ。
まさかそれがバレてしまっていたとは!
「暗くて、そんなこと見えるか!アンジュはここで何をしているんだ!シュレインのところに早く行け!」
ルディのところに早く行くように言われても、魔王様化しちゃっているんだよね?遠くの方からものすごい音が聞こえている。
これはルディを止めに入る私が死ぬパターンじゃない?
「取り敢えず、ファル様が止めに入って、駄目なら私が行くよ」
「俺に死ねと」
「ほら、闘技場でルディが暴走したとき止めに入っていたじゃない?」
「いや、どう考えてもこの感じは、アンジュを殺したと思い込まされたときのシュレインと同じだろう」
「私は瀕死だったから、同意を求められても答えられないよ」
おそらく内部構造から予想するに、私と神父様はだいぶん戻されてしまったと考えられる。
だから、あの派手な建物から離れてしまった。これだと直ぐにはルディの元には……転移の腕輪がある!
いや。それって複数人の移動は可能なのかわからない。
王様がついてきたので、腕輪をつけた人物と、もう一人は転移できることは立証されている。そうなると、チート神父様か、癒やしの波長をもつファルのどちらかを置いていくことになってしまう。
それは絶対に駄目だ。神父様がいるといないとでは戦力に差がありすぎる。ファルは緑の手の持ち主が故にルディの暴走の鎮圧には必要だ。
「確かにアンジュに言っても、わからないことだった。うぇ?リュミエール神父もいらしたのですか!」
何故か、今になって神父様の存在に気が付くファル。いくら暗くても、私の聖痕の光で……あれ?やっぱりおかしい。
「失礼ですね。アンジュと一緒にこの場に落ちてきましたよ」
そう、神父様は私と一緒にファルの近くに落ちてきた。しかしファルは私の存在に気がついても、神父様の存在に中々気が付かなかった。
幼い頃から騎士として訓練を受けてきたのだ。はっきり言って、この悪魔神父の気配を感じることができないとなると、聖騎士になんてなれなかっただろう。それだけ、神父様の存在感は強い。
気配を消されると全くわからなくなるけどね。
前から違和感は感じていた。だけど、ここに来て何かがわかりかけたような気がする。
「ねぇ、神父様」
「なんですか?アンジュ」
「ルディって常闇を操れるのかな?」
「アンジュ!お前!何を言っているんだ!」
私は神父様に顔を向けて言った。直ぐそこにいる神父様を見ながら言ったのだ。しかし、闇が濃すぎて神父様がどんな表情をしているのか全くわからない。
神父様からは私が見えているだろう。なぜなら私が光源なのだから。
「常闇を操れる人なんているのですかね?」
神父様は答えではなく質問を返してきた。
常闇を操れるモノ。それはダンジョンで現れた黒の王妃。若しくは初代の月の聖女。
彼女たちはダンジョン内で常闇を操っていたので、常闇を操れるモノと思われる。しかし、人かと言われれば、人の姿をした何かと答えるべきだろう。
だけど、この状況は『是』と答えるべきだ。
「私の聖痕は頭上に輝く光。その太陽が闇に負けている。普通ならばありえないでしょう」
この状況で頭上の光は私の足元しか照らしていないのだ。闇が濃すぎて、周りに光がとどかなかったのだった。




