409 足を引っ張るのは私の方だ
あれか。婚姻届にサインをしなかったことを引きずっている?
「違う」
違う?だったらなに?
「何故、ヴァルトルクス第十二部隊長を優遇している?」
「え?優遇?名前のことは私の意思じゃないっていったよね?」
それはさっき説明したのに、納得してくれなかったことか。
「違う」
これも違うの?
駄目だ。本気で何で怒っているのか、わからない。
「ルディ。あとで話し合おう。取り敢えず、侍従は、養女になった異形と接触してみて欲しい。それから、私達の出発は準備ができ次第、ダラニースエル地方に向かうってことでよろしく!」
私は魔王様の不機嫌が最高潮なので、早口で用件をまとめて言った。しかし、言い終わる前にルディが扉を閉めてしまったので、最後まで聞こえたのかは不明だった。
そして私は自分の部屋に連行されて戻ってきた。
その間、第十二部隊長さん案件で何かあっただろうかと考えてみたけど、これと言って心当たりがない。
私はてっきり第十二部隊長さんの右手に太陽の聖痕の跡を焼付事件のことかと思ったのだけど、違うと言われてしまったら、他に思い当たることがない。
私を抱えたままソファーに座るルディを横目で見上げるけど、魔王様化しているのに変わりない。
王弟のことと、第十二部隊長さんのことのどこに繋がりがあるのだろうか。⋯⋯ん?もしかして、聖痕の力を褒めたことが原因?
でもあれって本当に凄い能力だと思うんだよ。あそこまで綺麗に整えられた小さな魔石は装飾品に付けやすい。だから大量量産にいいと思ったのだけど。
これはもしかして嫉妬⋯⋯でもさぁ⋯⋯私の立場って、はっきり言って微妙なんだよ。
王様は文句を言うものは居なくなるとか恐ろしいことを言っているけど、口にださないだけで、不満というものは溜まっていくものだ。
「ルディ。私が第十二部隊長さんを褒めたから怒っている?」
すると無言の圧力のまま、ピクリと反応をしめした。うーん。やっぱりそうか。
私は魔王化しているルディの方を向いて手を上げる。そして黒髪の頭を撫ぜた。
「ルディは昔、いっぱい褒めたよね。でもあれは褒めすぎたかなってちょっと反省しているんだよ」
「そんなことはない」
「⋯⋯いや、だって王族の伴侶が平民という時点で、おかしいと思うよね?」
そう、ルディは私という存在に依存しすぎてしまっている。たかが平民を唯一の伴侶としようとしているのは、王族としてありえない。
王様は屁理屈をこねて、正当性を提示していたけど、他の貴族はそのようには見ない。
「全くおかしくはない」
本当に見た目は似ていない兄弟なのに、こういう意見は合うんだよね。
「それは誰から見た意見?」
「⋯⋯何が言いたい」
「貴族は王様が黙らすと言っていたけど、黙っているだけで、心の内まで干渉はできないよね」
はぁ、ルディが王に立つとか言わなければ、私はここまでいうことはなかった。だけど、これから先のことを考えると、言っておかないといけない。
「聖女シェーンが知っている未来では、ルディが王に立った。おそらくその先の未来では、ルディは貴族たちを上手く抑えられただろうと思う」
この世界線と今とは、全く状況が違う。今のままでは恐らく駄目なんだよ。
「その時は国としての機能はほぼ壊滅的だったと思われるから、第十二部隊長さんや、ヒュー様やアルト様の支持を得てルディは王として立てた。だけど、今は違う」
今のルディは王弟でしかない。それも怪しい二つ名を持つ王弟。そして、その王弟のわがままで伴侶となる平民の私。最悪だね。
「王様が顕在なのに、王に立つ王弟って、国民からすれば何故ってなると思うんだよ。それを払拭できるものがない」
問題は今まで何も問題なく統治していた王がいるのに、いきなり退位を発表して、あまり良くない噂がある王弟が王に立つ。これはいろんな憶測を呼ぶだろう。
「そして平民という私の存在だ。きっと私はそれ以上にルディの足を引っ張る存在になると思う」
「そんなことはない」
「ルディ。知らない人から見れば、私は珍しい銀髪というだけの平民だ。いろんな憶測を呼び込むことになる。だけど、私は私の在り方を変えるつもりはない」
私はルディの隣で太陽の聖痕を掲げる存在にはならない。これは私の意思として、聖女と祀り上げられることへの拒否だ。
言い換えれば、私のわがままでもある。
「そこで大切になってくるのが、ファル様やヴァルト様の存在だ。公爵家と良好な関係であることは、私の存在は認められていると認識される⋯⋯はず」
はっきり言って王様とルディを比べると、二つ名の件もありルディの印象はかなり悪い。だけど、公爵家からの支持があることを見せつければ、それも払拭されると思うんだよ。⋯⋯多分。




