395 馬と鹿
子犬ぐらいの大きさの麒麟を抱えた私は、偽物の団長と偽物の侍従の背後に隠れながら、聖騎士団本部に潜入している。
朧の術を使って、堂々と潜入している。
確かに同じ聖騎士団本部だけど、移動している場所はいつもと違う三階だった。確か三階って会議室とかある階だったよね。
角を曲がった瞬間、前を歩いている鬼たちの姿が変わった。え?何故?
そう思っていると、朧に手を引かれて壁際に寄せられる。あれ?この気配って……
「……それでどうしましょうか?」
「……ぁ……いぉ…………さく……」
う……本物の侍従と団長だ。その二人が何かを話しながら歩いてきている。
だから鬼の二人は灰色の隊服に変化させて、姿を変えたのだ。そう、その辺りでウロウロしている騎士の姿にだ。
姿を変えた二人は壁に背を向けるように並び、敬礼の姿を取る。ああ、そうか本物がいてもこうやって瞬時に姿を変えて、やり過ごしていたのか。
この肝の据わり具合には感服するよ。私ならビビってボロが出そうだ。
私は朧に引っ張られて、鬼の二人の背後に隠れている。これは侍従対策だね。朧の術は完璧だけど、王家には無効という……あれ?今の朧ならどうなのだろう?
もしそれも解決しているのなら、私はルディが居ない日は王都を散策し放題!
王都の中を好き勝手にウロウロしたいと思っていたのだよ。
私がそんなことを考えていると、更に朧の方に引き寄せられた。なに?
どうしたのだろうと、真っ白な朧を見ていると、私の前にいる酒吞が動いた。
ただ、動いたというだけで、私からは巨体の背中に阻まれて、何があったのかわからない。
「お前たちは何者だ。その怪しい気配」
団長のドスが効いた声が廊下に響き渡った。怪しい気配?
私はきちんと気配は消しているよ。
っということは私が腕に抱えている麒麟か!
侵入しているぐらい、状況からわかりなさいよ!もしかして頭でっかちで実戦はできないタイプ?
「所詮、馬と鹿か」
腕に抱えている物体に向かって言う。すると、酒吞がブハッっと吹き出して、斜め前にいる茨木は口を押さえて、笑いを堪えていた。
「アマテラス。笑かすな。麒麟を馬と鹿って……くくくくくっ」
「酒吞、笑い過ぎですよ。これではバレバレです」
酒吞を注意する茨木の肩も揺れているからね。しかし、これでは隠密行動もあったものではないね。
「団長。そのまま聞いてもらえますか?私が姿を現すと目立ってしまいますから」
「その声は太陽の聖女様」
……そのままってことは、話さないでという意味なのだけど。だって三階で人の気配は少ないけど、人の目につく行動はなるべく避けたい。
「そうだね。先日言っていた聖女シェーンの翻訳要員を連れてきたから、こっそりと渡しにきただけ。直ぐに帰るから、通してもらえますか?」
「精霊様ということでしょうか?」
「……まぁ、そういうことだね」
どうも頭でっかちの馬鹿っぽいけど。
「では、我々が先導させていただきます」
「うぇ?……いいえ。お二人共お忙しいでしょうから、大丈夫です」
本物の団長がついてくるなんて、それは居心地が悪すぎていやだ。
「しかし……」
「もうあれから五日経ちましたが、各地域の情勢はあまり変わりませんよね?」
ルディから聞く各部隊の話は、一進一退の攻防が続いているらしい。現実的に一週間後に部隊長と副部隊長が戦闘から抜けるのは、かなり厳しいということだ。
「各部隊から上がってくる情報を精査して、敵の正体を見極めるのが、聖騎士団の本部の役目ではないのですか?」
団長の姿は見えないけど、息を呑む音が聞こえてきた。
私自身、聖騎士団本部の役目がわかっていない。だけど、参謀本部って言葉を聞かないから、各部隊の情報をまとめる役目があるのではと思っている。
「あまりにも状況が変わらないのであれば、手が空いている第十二部隊の騎士たちを動員するとか、神父様に頭を下げて、神父様の個人の部隊を動かしてもらうとか、打てるては打つべきではないのですか?」
第十二部隊長さんから聞くには、南側の地域に現れる魔物の数が減り、通常通りの生活を人々が送っているらしい。
だったら手が空いている第十二部隊の者たちを動かせばいい。部隊を超えて命令ができるのは団長だけなのだから。
後は、大隊規模の私兵を持っているだろうと私は予想している神父様の部下だ。
シスターたちでさえ戦えるのだ。その者達は普通に将校クラスだろう。
「我々に撤退は許されない。手足がもげようが、仲間が倒れようが、敵を討ち滅ぼす。それが聖騎士の役目ではないのでしょうか?」




