392 唯春の夜の夢の如し
「第十三部隊所属将校アンジュです。私はただのいち聖騎士ですので、頭を上げてください」
団長から頭を下げられたままとは居心地が悪すぎる。
「副部隊長が抜けているぞ」
ファルからの指摘にハッとする。何も仕事をしていない名前だけの副部隊長だった!
「特に仕事をしていない副部隊長です」
「普通はそのような言い方はしませんよ。それで私に何を言いたいのですか?」
侍従は相変わらずズバズバと言うよね。
「言いたいのは、聖女シェーンを丁寧に扱って!彼女は頼れる人が誰もいないから周りが敵みたいになっているの」
「そう言うなら、反抗心を無くして誰でも分かる言葉を話して欲しいものです」
そう言われると困る。聖女シェーンは自分の話している言葉に日本語が混じっていると自覚してないと思われる。
あの聖女シェーンを見ていると、自分の言っていることは正しいと疑わない感じがする。誰かがそれを指摘しても、自分は間違っていないと突き進むタイプだ。
ん?そう言えば酒吞と茨木は、私の毒の聖痕から作った薬で言葉が通じるようになったけれど、ヘビ共は普通に話していた。
私の予想だと彼らは異界の者のはず。そして神父様の赤い鳥も普通に話していた。
「アンジュ。どうした?」
私が突然だまり込んでしまったので、ルディが声をかけていた。それを片手で制して、左手の指輪に向かって話しかける。
「青嵐でも月影でもいいから出てきてもらえる?」
『主様。御前に』
『主様。御前に』
人の姿をした青嵐と月影が同時に現れた。別に一人でいいのだけど。
「今から言う言葉がわかるかどうか知りたいのだけどいい?」
『御意』
『御意』
さて何を言おうかな……ああそうだ。
「『祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。 驕れる人も久しからず、唯春の夜の夢の如し』」
有名な平家物語の冒頭だ。
すると、青嵐がクスリと笑った。
あ、笑うことあるんだ。いつもさめざめと泣いているヘビの姿しか浮かばないけど。
『遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱异、唐の祿山、これらは皆舊主先皇の政にもしたがはず、樂しみをきはめ、諌めをも思ひ入れず、天下の亂れん事を悟らずして、民間の愁ふるところを知らざりしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。ですか?皮肉ですね』
うぇ!まさか続きを言われるとは思わなかった。それも皮肉って何が?
『どれほどの力を得ようが、永遠の繁栄などありはしないと。地下にいる愚王に向ける言葉には良いと思います』
月影。私は、獅子王に向けて言ったつもりはないのだけど。
だけど、結果は出た。彼らは日本語もこの国の言葉も理解している。しかし話している言葉は変わらない。
これは、一度世界に取り込まれた影響だからだろうか?
「侍従、解決できるよ。聖女シェーンに精霊石で作られた守り石を与えればいいの。頭が良いモノならシェーンの言葉を翻訳してくれる」
これしかない。聖騎士たちには、聖女シェーンが色々問題行動を起こしていることは知れ渡っていることだろう。
しかし、聖女シェーンは聖女をやってもらわないといけない。
それが常闇を閉じるというお務めだ。
だけど彼女一人で各地をめぐるのは無理だろう。付き人と護衛は必要だ。
その仲介役として、異形の成れの果ての者に頼めば、聖女シェーンの日本語を他の者たちに伝えてくれるはず。
いわゆるクッション材。
「それはどこの言葉ですか?何を言っていたのか全く理解できませんでしたが?」
はっ!しまった!私が怪しい言葉を使っているとバレてしまった。いや、まだ何とかごまかせるはず。
「聖女シェーンが話す時に混じる言葉を言ってみただけだよ。理解できないのは仕方がないね」
うん。うん。嘘は言ってはない。
日本語はシェーンが話す時に混じっているし、それを侍従がわからないのも仕方がない。
「と言うことで、聖女シェーンには、塞いだつもりになっている穴を全て閉じていって欲しいの。それも、聖女として高待遇で!」
「最後のところは必要ですか?」
そこ一番大事。私が聖女だと一般的に知られるのは嫌。とてつもなく嫌。
だから、表立って聖女として発表される聖女シェーンが人々の目の前に立つのがいい。
希望の光を頭上に掲げた聖女。人々は教会の洗脳教育により熱狂的に拝み倒すだろう。
するとシェーンの願いが叶うはずだ。
己自身に価値を見出させ、命を奪われることがない未来にだ。
結果的に国としても、シェーンとしても利点がある。
「必要だね。私は聖女だって崇め奉られるのはごめんだから。そういうのは聖女シェーンに任せるよ」
補足:アンジュはおかしな言葉で話していることが、バレていないと思い込んでいますが、教会にいるときから使っていますので、バレバレです。
それを指摘されれば、「へらり」と笑って誤魔化して、逃げていたのでした。




