379 人の世界に混じる異形
「そうね。話の続きだけど、王都が水に浸からないと排除されない存在がいるからなのよ」
「それは何?」
「夜叉よ。夜叉。緑の鬼。この北の森にいるわよ。とても強くて、聖騎士の剣では傷一つ付けられないのよ。もう無理ゲーね。でも双子の第六副部長の力があれば戦えるのだけど、その頃になるとあっちこっちで戦いになっていて、上手く捕まらないことが多いの」
これはシェーン曰く、ヒューとアストが土属性で夜叉が水属性だからということなのだろう。
しかし、現時点で第六部隊は管轄地域の対応に追われて、王都に待機している騎士がいないのも事実。
「それから私が一番嫌いな玉藻よ。あの女狐がやってくる穴が水に浸からなかったことで、この世界に紛れ込んでいるの」
「穴が水に浸からなかった?その玉藻っていうのが、もう王都にいるって言っている?」
玉藻の名前が出てきた瞬間、鬼の二人の表情が歪んだ。遊び相手ができたというような感じだ。
「何度か脱走を試みて場所を探そうとしていたのだけど、全然見つからなかったから、もう王都の中に侵入されているわよ」
「その常や……世界の穴ってどこの話?」
「この聖騎士団の闘技場よ。王都が水没したら王城以外が水の下だから、ここも無くなるのよ」
なんとなく話はつながっている。王都は高台の上にあるため、他が水没してもそこにいる者たちは助かるだろう。これは選ばれた者たちが生き残って、国民や異形を世界に食わせたという世界にとってのハッピーエンドだ。
異形の神と神獣の力は世界中を呑み込むほどにまで膨れ上がったということになるだろう。そうなると生き残る人は一部のみで、大半は世界が邪魔に思っていた人という人種が死すのだ。
世界にとってのハッピーエンドの結末が水没エンドだ。
「玉藻はもう人の中に入り込んでいるわ。それも貴族の家に養女としてね。もうすぐお披露目パーティーがあるのでしょう?私は聞いていないけど、時期的にはあるはずよ」
「二週間後にあるって聞いているよ」
すると、シェーンはうんざりとした表情をして大きくため息を吐き出した。
「そこに玉藻がいるのよ。輝く聖女の証を頭上に掲げてね」
その言葉に三対の視線が私に突き刺さってきた。
それは私の偽者に変化したってことだね。
「王はその聖女を偽者だというけど、玉藻はその王こそが偽者だと告発して、私のことも偽者だと言うのよ。そこで私は偽者の王と共に殺されて、その身は世界に食べられるのよ」
「ふーん。ようは玉藻っていうのが、貴族の中に聖女として入り込んでいるのが駄目だっていう話だね」
これは正にバッドエンドの流れだろうね。
偽者の聖女が現れ、本物の聖女を殺すように周りを誘導させる。人を騙すことに長けた妖怪であるなら、朝飯前のことだろう。
それも妲己という名の九尾の狐は一国を亡ぼしたほどだ。
偽者の聖女が異形だと気がついても、後の祭りだ。九尾の狐を排除できるかと言えば、有名な陰陽師も封印するしかできなかったのだから、難しいことは誰の目にも明らかだ。
ならば、この国は玉藻のいいように扱われる未来しかなくなり、殷王朝末期の結末をたどることになる。
ここのターニングポイントは玉藻を侵入させないというところだ。
しかし、闘技場に常闇なんてあれば、騒ぎになっているはずだと思うけど?
「闘技場に常闇がある?」
後ろを振り返って朧に聞いてみたけど、白髪の麗人は首を横に振った。どうみても人っぽくないな。
色味がないと気味の悪さの方が勝ってしまう。狐の目に色でも入れようか。あとで、色のついた糸で目を入れておこう。
「そうなると、一番怪しいのが、森の中にあった常闇かな?」
ファルが何も居なかったと言っていたけど、出てきた玉藻によって排除されていたら、魔物は居なくても不思議でもない。
そしてヌルリと人の世界に混じって行ったのだろう。
「それで、シェーンの希望も聞いておこうかな?シェーンは、これからどうありたい?」
「え?」
「聖女っていうのは変わらないから、監視対象だし、聖女の役目っていうのを負わされると思うんだよ」
聖女の役目というのは高位貴族の子を成すことだ。ただ、シェーンには身分が無いから、その辺りが現在宙ぶらりんになっている。
「この人なら自分の立場を守ってくれそうって人はいる?」
「……シュレインかな?」
シュレ……ルディかぁ。身分的には問題ない。最近の病み具合がマシになってきたと思っていたけど、ダンジョンで再発してしまったからね。
「貴女。さっきの話を聞いていましたか?シュレイン様はアンジュ様の婚約者です」
「怖ろしいことは言うな。いつ現れてもおかしくないんだからな」
「シュレイン様はアンジュ様以外娶るつもりはありません」
三人の異形から責められたシェーンは、ビクッと肩を震わせたものの、大声で怒りを吐き出した。
「だって皆、私のことを馬鹿にしているか、近づかないじゃない!」
それはシェーンの態度や行動が悪いのだけど、自分では気づいていなかったようだった。




