378 ハンカチの刺繍の効力
「だから、聖女様は未来視ができるんだよね?そうなら不思議でもなんでもない」
「ありがとう……」
そう言ってシェーンは手の甲で涙を拭った。私はポケットからすっと白いハンカチを差し出す。
「このハンカチをあげる。失敗作でちょっと効きすぎる守りの術が施されているから」
これ、聖女の像を模した刺繍をしてみたハンカチなのだ。教会の資金源を得るための、年に一度行われる祭りのときのバザー品なのだけど、売り出す前に神父様から回収が命令されてしまった。効力がありすぎると。全て回収して燃やしたはずなのに、ルディが何故か持っているのを発見して、回収したものだった。
周りに信用できない者たちの中で、過ごしていかなければならない彼女には、渡してもいいだろう。
「肌身離さずもっていてね」
シェーンは頷いて受け取ってくれた。すると、辺りが明るく輝き出す。雪がその光を反射して辺り一帯を淡く光らせているようにだ。その光源をたどっていくと。
「光っている」
シェーンの頭の上にある白い皿が光を放っている。
「え?……あ……時々しか光らなかった聖女の証が光っている。このハンカチのおかげ?」
いやいやいやいや。私が刺繍したハンカチにそんな効力はないよ。攻撃されたらその攻撃をそのまま跳ね返すということしかしないよ。
ハンカチの所為にしているシェーンには悪いけど、それはただの結界の変わりのようなものでしかない。
「ん?いや、ちょっと待って……」
そもそもあの刺繍しただけで、なぜ効力が発揮するかは、私には謎なんだよね。力の源はどこから得ている?
私はポケットから携帯用の裁縫セットを取り出す。ボタンがぶっ飛んでも、体裁が保てるように持ち歩くようにしたのだ。私は学習できるのだよ。
「ねぇ、朧。ハンカチ持っている?」
私のはシェーンにあげてしまったから、もう持っていないのだ。
すると、普通の白いハンカチを出された。白い糸しか無いけどいいか。
白い糸で、お稲荷さんを刺繍していく。食べ物のお揚げのお寿司の方じゃなくて、白い狐のお稲荷さんだ。
簡単にデフォルメされたお稲荷さんだけど、普通の絹糸で刺繍してみた。光に反射すると光沢感がるお稲荷さんが出来上がる。
糸を切るときによく観察しながら、ハサミで切る。
すると、ハンカチ全体に薄っすらと何かの力が行き渡った感覚があった。
「あれ?これって世界から力を取り込んでいる?」
私から魔力を抜かれた感覚はない。思えば、ハンカチの生地も糸もこの世界の動植物を加工して作っているから、世界の一部とも言えなくもない。
私、世界の力を無駄に消費していたよ!
「朧。何の効力があるかわからないけど、これをあげるよ」
「主様を裏切った私に……ですか?」
「だから、それは神父様の命令を聞いただけだよね。私はそのことには怒っていないと言っている」
私は朧に白くて目立たない刺繍がされたハンカチを押し付けた。すると視界に映っていた赤い色が消えた。
消えた!!え?呪が解かれた?
押し付けた手を引き戻す。すると赤い血の海の上に立つ朧が出来上がる。押し付ける。赤い血の海がなくなる。
「意味がわからない!え?これどういうこと?視界的な問題だけを解決している?それとも王族の呪から解放されている?」
「アンジュ様。呪から解放されているようですね」
「黒狐と思っていたが、元は白狐か?」
酒吞の言葉に視線を上に上げてみれば、白髪の色白の麗人が黒い隊服を身にまとって、私の視線の先に立っている。
「うーん?白狐かな?どちやらかと言えば、強制的に呪を排除した結果にも見えなくもない」
私はあまりにも色味がなくて、逆に恐ろしさを感じてしまった。やっぱり、効きすぎたということなのだろう。
「はぁ、ごめん。失敗作だ。効力がキツすぎるみたいだね」
私が引いた手を朧は握って、引き止めた。
「主様が私にとおっしゃったのです。これからはいっそ誠心誠意を込めてお仕えいたします」
「でも、ちょっと効きすぎだよね」
銀色の瞳で見られていると、流石にやりすぎた感が出てしまっている。
「いいえ。今まで聞こえていた雑音が聞こえなくなり、世界はこんなに静かなものなのだと知ることができました。感謝を申し上げます」
その雑音が何か気になるけど、聞かないでおくよ。私はため息を吐きながら、朧にハンカチを渡す。
「これはハンカチの効力であって、呪が解けたわけでは無いからね」
「それでも構いません」
朧は晴れ晴れとした笑顔を私に向けてきた。王家の歪んでしまった呪はいい加減に解くべきなんだろうな。
「アンジュの方が聖女みたいね」
突然、シェーンから出された言葉に私の心臓が飛び跳ねてしまった。こんなところで聖女ってバレるのは愚策だね。
「そうかな?聖騎士は聖術を子供の頃から叩き込まれているから、素質がある人は浄化も治癒も解呪もできるよ」
これは嘘ではない。チートな神父様は普通にできるからね。
「そうなのね。結局、聖女って世界の穴を埋める役目でしか、重宝されないのね」
そんなことはないと言いたいけど、世界に干渉できる存在が聖女であるだけに、私は苦笑いを浮かべるだけに留めたのだった。




