366 世界の死
寒い……寒い……寒い……
冬の寒さではない。
心が寒い。
すべての存在に死を与え、生きることを否定されたような世界。
大地は生命を宿すことを諦め、根付いていた木々を枯らし、草花は朽ちている。
大気は循環することを止め、ただ無であるように存在を無くした。
それが月がない世界に満ちている。
地を照らす光に鈍色の鎧が、世界にただ唯一の存在であるように、暗闇に浮かび上がって歩みを進めている。
その鈍色に光る鎧を凝視している二つの存在がいた。先程まで戦っていた酒吞と、夜叉だ。
夜叉の方はもう既に両足が黒い鎖に絡まれており、私からは闇と同化しているようにしかみえない。
その時上空からワイバーンが急降下してきて、そのワイバーンが再び上空に消えたと同時に酒吞の姿は無くなっていた。
茨木が酒吞を回収してくれたようだ。
それを確認したのか、世界に死を撒き散らしている鈍色の鎧が動き出す。
死の存在は正反対と思える暁の剣を抜き放ち、異形なる鬼に向って駆けて行ったのだ。
己の死を感じ取ったのか、夜叉は鈍色の鎧に背を向ける。
「え?ここで逃げるの?」
っていうか、夜叉に死を思わせた第十二部隊長さんが凄いのか。
しかし、ここで逃げられてしまっては作戦が台無しだ。
私は背を向ける緑の皮膚をまとった巨体に狙いを定める。
「『茨の毒!』」
私から解き放たれるように伸びる棘があるツタ。それが夜叉の行く手を阻むように伸びて行き、手足に巻き付いていく。
巻き付かれた手足から煙を上げる夜叉は威嚇するような奇声をあげた。
『Oooooooooooooo!!』
その奇声を上げる存在に向って、暁の色を放つ剣を振り下ろす鈍色の鎧。奇声が悲鳴に変わった。
背中から袈裟斬りするように斜めに傷が入っているが、足の方から砂塵のような物が舞い上がっている。
もしかして足元から切ったところまで砂塵になるとか言わないよね。
その時悲鳴を上げる異形と鈍色の鎧の間から、黒いモヤが大量に噴出した。
常闇が開く。
私は慌てて声を上げなら、茨の聖痕を解除して、銀色の鎖を解き放った。
「上空に撤退!」
銀色の鎖は鈍色の鎧に絡みついた。途端に黒い穴が夜叉を中心に開く。
「ルディ!鎖を引っ張るのを手伝って!」
がくんと鎖が引っ張られたから、第十二部隊長さんも常闇に呑まれている可能性がある。って重たい。身体強化使っても私一人じゃ、遠くにいる鎧は引っ張り上げれない。重力の聖痕を他人に使うと力加減ができなさそうで怖い。
「そのまま落ちても仕方が無い」
「仕方がなくないよ!よくわからないことで対抗心を燃やさない!今回は属性がない攻撃で対処するしかなかったの!」
私を手伝ってくれず、そのまま第十二部隊長さんを見殺しにしようとしているルディを叱る。
決定打になりうる第十二部隊長さんにお願いしただけなのに……今、思ったのだけど、もしかして第十二部隊長さんだけで夜叉を倒せたかもしれない。
環境にまで影響を与えてしまう聖痕の力って恐ろしすぎる……ああ、だからシスターマリアがアンド公爵家のことを口にだしていたのか。
第十二部隊長さんにあれほどの聖痕を生み出させるような扱いをしたアンド公爵家。
ルディは渋々という感じで私の銀色の鎖を手に添えたけど、握ってくれる様子はない。
そろそろ手が痛くなってきたのだけど?
すると軽く銀色の鎖をルディが引っ張ると私の手から重さがなくなった。そして代わりに鈍色の鎧が目の前に現れている。
「あれ?影を移動した?」
「これぐらいできる。だからアンジュが戦う必要はない」
ルディが不機嫌そうにそう言ったけれど、私は私が動くべきだと思ったら動くよ。これは変わらない。
「ありがとう、ルディ。第十二部隊長さんは動けますか?」
「ああ、問題ない」
「ではこれから常闇を開きます」
そして私達はワイバーンで上空に舞い上がった。上空には既に四体のワイバーンが旋回して待機している。
その全員に指示がいきわたるように『響声』を使って話す。
「今から北の森全体に常闇を広げるよ。リザ姉とロゼは初めてだと思うから、下から黒い鎖が伸びてくるけど、上手く避けてね」
「それってあれよね。ほら、天と地を繋いだ黒い闇」
「あれ避けるってアンジュの矢を避けるようなものじゃない!無理難題を言わないでよね!」
ロゼから文句が出てきた。
うーん。ワイバーンに乗りなれてない茨木が避けれたから避けられると思うのだけど?
「茨木が避けれたから、何年もワイバーンを乗っているロゼなら大丈夫だよ」
「第十三部隊の隊員と同じにしないでよ!隊長が技を使っている中、ワイバーンで突っ込むって、できるはずないでしょ!そもそも、ワイバーンが嫌がるから無理!」
え?ワイバーンが嫌がるの?じゃ、どうやって茨木は酒吞を迎えに降りていったわけ?
ちらりと茨木と酒吞の方に視線を向ける。相変わらず酒吞はワイバーンの上で仁王立ちだ。
「おや、主従関係は最初が肝心ですよ」
理由が聞きたいのに、ワイバーンとの在り方を言われた。
「アンジュ様は、このトカゲモドキを一言で屈服させたと聞きましたよ。流石ですね」
「ひっ!一言で屈服!なにそれ!」
ロゼ、なに?その信じられないという態度は?私は一言も話してはいない。美味しそうだなって思っただけだよ。




