356 お金持ちは良いよね
「人の出入りが止められているなら大丈夫だよね。森に潜んでいる人がいたら、それはわからないけれどね」
私は対策が取れているのなら良かったと頷きながら、次の話をしようとすると、なんとも言えない視線を感じて、顔を上げた。
すると、向かい側で酒瓶ごとお酒を飲んでいる酒吞とその背後に立って笑顔でいる茨木以外の視線が私に向けられている。
何?どうしたわけ?
「確かに寒くなりましたので、少ないでしょうが、そういう者たちがいることも確かです」
「王都の街の中は黒騎士の目が厳しいから、そういう人たちは王都の外で休むって言うし……」
「宿を取らずに王都で暮らす人はいるものね」
そう、誰も彼もが王都の中で暮らせるわけじゃない。どの街でも家を持つにはその地域での市民権が必要だ。それがとても高い。
キルクスでは三年間溜め込んだ給金が飛んでいくと聞いた。王都ではもっと高いと思う。
そうなると市民権の無い街の中では暮らせないとなるけど、そのために貸し家制度とか、住み込みで働く制度を利用して街の中で暮らしたり、普通に宿に泊まってその日暮らしをしている人もいる。
ただ、誰も彼もが屋根のある場所で暮らせるわけではなく、出稼ぎに大きな街にきたものの、泊まる宿代をケチって野ざらしの場所で寝る人がいることも事実。
神父様が言うように、寒くなるとそういう人が少なくなるのも事実。
「いや、夜に王都の外にいる意味がわからない。普通に宿を借りればいいじゃないか」
「王都はそこまで雪は降らないが、凍え死ぬんじゃないのか?」
そう私に向けられたなんとも言えない視線とは、二種類の視線を受けていたということだった。
一つは神父様とロゼとリザ姉の言ったように、そう言えばそういう人もいたという再認識の視線。
もう一つはファルと第十二部隊長さんが言う、そんな奴はいないだろうという疑問の視線だ。
お金に困ったことがないから、そんなことを言えるのだ。
お金が無いと何も買えないんだよ!私はやっと自分の口座を聖騎士団で作ってもらったんだからね!
申請にどれだけ時間をかければいいんだ!
今までルディ経由でしか物を買えなかったんだからね!私の貯めに溜め込んだお金が好きに使えないって……いや、どこに行くにもルディと離れられる距離が決められているから、自由に買い物ができる範囲がきめられているのには変わりないか。
しかし、今はこんなことで、時間を取っている場合じゃない。
「朧。その辺りの人を南側に移動できない?」
私は天井に向って言う。この場にはいつもはいない第十二部隊長さんたちがいるからか、朧は姿を見せていないのだ。
『長に相談して人手を借りて対処します』
「よろしくね」
流石に偽物の王様は動かないだろうけど、朧一人では夜中までに対処は難しいだろうね。
朧の気配が消えたので、続きを話すことにしよう。
「何?天井に誰かいた?」
「アンジュちゃん。何かおかしなものを拾ってきたの?」
ロゼは朧の気配を感じることができなかったのか、突然天井から聞こえてきた声に、あわあわして天井を見ている。
リザ姉。私は朧を拾ってきてはいない。
「リザネイエ副部隊長。将校ロゼ。何がいたか知ろうとするな。消されるぞ」
何か知っているのであろう第十二部隊長さんは関わらないようにと、二人に忠告した。
これも貴族とそうでない者の違いなのだろう。いや、王様殺害未遂を起こしたアンド……公爵家の者だから、知っていることがあるのだろう。
「アンジュだから普通に話せているということですね。部隊長」
「アンジュちゃんだものね」
凄く変な納得をされている気がする。
まぁ、王都の北の森から人を排除することはできそうだ。これで一つ問題は片付いたよね。
「それじゃ次にいくよ。その北の森にオーガの変異種がいたの」
「アンジュ、それって……」
ファルは目の前でお酒をガバガバ飲んでいる酒吞とニコニコと笑みを浮かべている茨木に視線を向けて言葉を言おうとして、続く言葉が出てこなかったようだ。
「ああ、第十部隊から緊急連絡があったオーガの変異種とは違う種類だよ」
「そうか」
「夜叉と呼ばれる異形で、暴れることが好きな神様だね」
「また神か!」
私に文句を言われても困る。私が呼び出したわけじゃない。
「暴れると王都にも被害が及ぶと思うから、短期決戦で弱らせて常闇に食べていただく作戦だね!」
「食べていただくってなんだ!」
「あれ、龍神のお……おかみさん『龗神ですよ』……」
茨木から訂正されてしまった。仕方がないじゃないか。私の中では女将さんになってしまったのだから!名前は合っているからいいじゃない。
「その龗神と同じぐらい強いと思うよ。多分、また黒い女性が出てくると思う。印の黒い鎖はついていたしね」
あの緑の皮膚を持つ筋肉ダルマの背中しか見えなかったけど、前の方から地面に伸びる黒い鎖を私の目は捉えていたのだった。




