349 見えないモノを見るために
「だからさぁ。こういう周りに同化する系って思ったより完璧じゃないわけ!」
私は凍りついた幻狼を指していう。
「ぱっと見た目はわからないのだけど、こういう周りはどうしても風景とのゆらぎが出て、モヤッと感が出てしまうの!」
そして大きな魔狼の毛並みの端の方を指す。こういう端の方はどうしても違和感がでてしまう。
「実際に見るといいよ」
そう言って、私はぱちんと指を鳴らして、氷結の魔術を解いた。基本的な氷系の魔術は相手を凍らせて動けなくしているだけなので、魔術を解けば元通りになる。
「アンジュ!何をしている!」
ルディの慌てた声と共に、漆黒の剣が私に向って振られてきた。その剣の軌道は私と幻狼の間に入ってきて、振り上げられる。
そして、私はルディに再び捕獲され、幻狼の胴と頭が離れていくのを視界に収めた。
えー。せっかく実際に見てもらおうとしたのに、ルディが討伐してしまった。
「倒してしまったら、実際どんな感じなのかわからないじゃない」
「そんなことより!普通はトドメを差すだろう!何を考えている。アンジュ!」
凄くルディが怒ってきた。
魔狼自体の強さはそこまで強くない。ただ、目視することが困難なだけだ。
「わからないことを、わからないままにしておくのって、気持ち悪いかなっと思って。だって幻狼は剣の刃が通る。いつでも倒せるんだよ」
その言葉に異形と戦ったことがある二人の部隊長がハッとした顔になる。
酒吞と茨木と本気で戦ったときに思ったけど、恐らくあの二人には普通の剣では傷一つつけられないと思う。そして酒吞と茨木が共に戦っている間は最強だ。魔術攻撃も互いが互いを守って当たらないと、私は見ている。
それが異形というものだと。
「異形は惑わせるモノが多い。だから私は知っておくべきたと思ったの。そうだよね。茨木?」
私は後ろを振り返って聞いてみた。そこには誰もいないように見える。そして何も気配を感じない。
「そう、言えるかもしれませんね」
その言葉と共に茨木の姿がスッと現れた。
「ただ、酒吞のように暴れることを楽しむモノもいますからね。偏には言えませんね」
にこやかに人のように話す茨木自身が人々を惑わせていると言って良い。先程の姿が見えなかったことなど、本当は大したことはないのだ。
異形の本当の恐ろしいところは、人の世界に紛れ込むというところだ。
「イバラギ。先程のはどうやって現れた?」
朧も姿が消せることを知らない第十二部隊長が、驚いている。
その答えとして、茨木は何かを手にもっているように掲げる。だけど、その手には何も持っていないように見えた。
「面白そうだったので、毛皮を剥いでみたのです」
おお!まさか幻狼の毛皮なのかな?
ふと、反対側の地面をみると、青と緑が混じったような毛並みの魔狼が倒れている。あれ?死んだ幻狼は普通に見える。
「あれは普通に見えるのに、毛皮になると見えなくなる?」
「正確には光が必要なようです」
言われてみれば、茨木が立っているところは横から入ってくる木漏れ日が当っている。だけど、倒れている幻狼は木陰に入っている。いや、少し日が当っているところが、もやもやしている。
「そう!これこれ!この揺れ!茨木。その毛皮を持って帰ろう!ついでにこれも剥いでおこう!」
「それをまとって、俺の目からのがれようとしているのか?」
何故か私を抱える魔王様が降臨してしまっている。いや、逃れるって……無理だと思う。
「これ神父様だと絶対に『バレバレですよ』って言われると思う」
「だったら、なぜ持って帰るって言うのだ」
持って帰るって言った理由も、ルディと第十二部隊長さんに見せようと言った理由も同じだ。
「これは面白いですね。訓練に良さそうです」
突然ここにはいないはずの人の声が聞こえてきた。恐る恐るその声の方に視線を向ければ、茨木が持っている見えない毛皮を観察しているように見ている悪魔神父がいた。
いや、さっきまで絶対にいなかったし、ちょっと前に朧と別れたばかりだったし……
「まさか!神父様は空間転移が使える!」
「使えませんよ」
否定した悪魔神父がこちらに視線を向けてきた。正確な年齢は知らないけど、5、60代とは思えない動きをする。いや、普通の人ではできない動きだ。
流石、悪魔神父というところか。
「それで、何を楽しそうに話をしてサボっているのですか?」
胡散臭い笑顔を浮かべた悪魔神父にサボっていると決めつけられてしまった。違う!私は見えない魔物をどう見るのかを説明しようとしていたから、サボっていたわけじゃないよ!




