348 思い込みは危険
「私も戦いたい」
王都の外壁を登る手前で、ルディに捕まってしまった。
「皆ばっかり戦ってズルい」
ルディに抱えられた私は王都の外側の北の森を連行されていた。その後ろからは無言でついてくる第十二部隊長さんがいる。
「最近、全然戦ってない!幻狼が、どんな魔物か戦ってみたい!」
私が訴えているというのに、無言のまま進んでいくルディ。
「いっぱいいるのなら、手分けして討伐した方が絶対にいいと思う!」
幻狼っていうと、物語では……
霧深い森の中で、突然視界がひらけたと思えば、花畑だった。あまりにもの綺麗な花畑だったので、聖女が進もうとすると、聖騎士の一人が花畑を燃やした。燃やされた花畑は一瞬に消え去り、そこから巨大な魔狼が牙をむき出しにして待ち構えていた。だが、魔狼の方も突然の火に驚き、その姿は霧のように消え去った。
という話の行がある。
ヴィオとミレーの話はここからきているのだろうけど、聖女の物語は本によって話の内容が微妙に違うんだよね。
どれが真実なのかわからない。
だから、私は実物を見て、戦ってみたいのだ。
霧を纏うモノなのか。風景に同化するモノなのか、幻術を使うモノなのか。
「アンジュ。ファルークスに言ったように、すべて討伐する必要はない」
「いや、私は見たことがない幻狼と戦いたい」
わかっているよ。結局、常闇にすべて呑み込ませるってことだよね。しかし、私は幻狼に興味津々なのだ。
「アンジュもおかしいと言っていただろう?今はそれを調べるために来ている。もしかしたら、アンジュが王都に来た頃から異変は起こっていたのかもしれない」
ん?異変?
あれかな?北の森では小物しか居ないと言われていたのに、キマイラがいたことかな?
「キマイラのこと?」
「そうだ」
「キマイラがこの森にいたのか?それは上にあげたのか?」
キマイラが居たということに驚いた第十二部隊長さんが、後ろを歩いていたのに、ルディの隣まで出てきて聞いてきた。
そういうのは、ルディかファルに聞いて欲しい。
「……いや、そのときは常闇があると認識していなかったから、討伐したことで終わったこととしたな」
私の太刀の試し切りになったからね。そう言えば、その頃と比べたらルディの胡散臭い笑顔はあまり出なくなったね。
「だが、今思えば、普段はゴブリンしかいない北の森にキマイラがいた時点で、森の異変を上げておけば良かったと」
「それは聖女様がいてこそ、常闇がここにあると気がついたのだ。そうでなかったら、王都のすぐ外に常闇があることを認めたくなかっただろう」
「そうだな。認めたくなかった……無意識の排除だ」
二人の言いたいこともわかる。
キルクスのすぐ側の森には、常闇があることは常識だった。だから、森に管理者を置いて常闇から出てくる魔物の監視をしていた。そして、キルクスの街に魔物の被害が及ばないようにしていた。
これが王都となると別だろう。今まで存在しなかった常闇が直ぐ側に現れたのだ。これを公表すればパニックになる。
だから、無意識で王都には常闇は存在しないと思い込み、情報の共有を怠った。
ん? パニック?
もしかして、あの見張り台にいる騎士は知っているけど、公表すると王都に住む者たちがパニックを起こすから、言っていなかったりするんじゃないのかな?
ん?あれ?
「ルディ。止まって」
私は気になることがあって、ルディの足を止めた。そして油断しきっているルディの腕から飛び降りる。そのまま地面を蹴って、ある一点に向って駆け出し、腕を奮った。
「『氷結!』」
氷の魔術だ。目の前の空間を凍りつかせる。そこはただの森の風景が広がっていただけだ。
「アンジュ!勝手に離れるな!」
いや、言っても解放してくれないから、自力で逃げるしかない。
そして、ただの森の風景が広がっていた空間には、氷漬けされた大きな魔狼が存在していた。
やっぱり、魔物がいた。これが幻狼なのだろう。
「うーん? 広範囲の幻術というより、景色との同化かな?光の屈折率を調整している?」
私は氷漬けになった幻狼の周りをぐるぐる回って観察する。
面白い!これって新しい魔術が作れそう。
「アンジュ。なぜ、ここに幻狼がいるとわかった?気配も魔力も感知できなかったのだが」
周りと同化して姿を隠しているのに、気配がダダ漏れって、それはバカだろうって突っ込んでいるところだね。まぁ、今回は風景の些細な歪みで違和感を感じた。
「それは、もやもやっと歪みが出ているところが、怪しいなと攻撃をしてみた」
「もやもや?」
「ゆらゆら」
「……」
何?
ルディと第十二部隊長さんが、私を見てくる目で、そんな説明じゃ全然わからないと、言っているようだった。




