335 生贄の聖女の始まり
私の身体は、左腕に絡まった黒い鎖に引っ張られ、飛んでいる。ただ、問題なのが、このまま進むと神父様が展開している空間断絶の結界に、私がぶつかってしまうということだ。
いやちょっと待って、鎖が私を引っ張っているということは、神父様の結界を鎖は貫通していない。
黒い鎖が私からどう伸びているか、視線を伸ばして探っていくと、天井から鎖が出ているように見えている。そう、階層と階層をつなぐ階段の天井。それも角度的に天井なんてないように、私は斜め上に引っ張られている。
まるでこれは本当に獅子王が巨大な黒狐を空中に飛ばした鎖の延長上に、私に繋がった鎖があるようだ。
もうすぐ天井にぶつかってしまうと、身体強化をかけて衝撃に耐えるように身を固くする。
「アンジュ!何が起こっている!」
斜め下にいるルディに視線を向けると、私に向って手を差し出している。ごめん、私にはその手を取る余裕はない。天井にぶつかるか、腕が取れるかの問題が発生しているのだ。
と思っていたら、私の身体は天井を通り抜けた。
「は?」
どこまでが幻影?私の身体は天井にぶつかると思った瞬間、戦場の王都の中に存在していた。それも後方に飛ばされた聖王の驚いたような視線と合ったのだ。
いや、私も天井を通り抜けられるなんて思っても見なかったよ。
『Χααααααααααααααα‼』
直ぐ近くで女性の声が聞こえた。私は飛ばされているので、近くに人は居ないはずだと横に視線を向ければ、銀髪の月の聖痕を掲げた女性が金色の鎖に絡まれて飛ばされている。
何故に金色の鎖に絡まっているわけ?
って常闇が近づいてきた。私はこれ以上は進まないよ。
「『重力二倍』」
私は私にかかる重力を、軽減していたのを通常の二倍にする。すると私の身体は引っ張られる力よりも下に落ちる力の方が大きくなり、地面に落ちていく。
でもこれをやると腕がちぎれるか、腕を先に切って自分で治療するかの二択になると思うから、したくなかったんだよね。
地面に着地した私の左腕は、案の定思いっきりギリギリと引っ張られている。
右手を使って引っ張る力を相殺しようとするけど、なかなか厳しい。
視界の端では常闇の中に巨大な九尾の黒狐が落ちていき、そのあとに何故か金色の鎖に絡まれた銀髪の女性が落ちていく。
慌てて聖王が駆けつけるも、彼自身が満身創痍だ。助けることは適わなかった。
そして閉じていく常闇。一瞬のことだ。
私があのまま常闇に落ちていたら、そのまま三十階層まで自動的に連れて行かれて、私の力を全て世界のために使われていたのだろう。
これが聖女を生贄にして、王都の常闇を閉じた最初の物語の幕引きだ。
っていうかしつこいぞ!常闇が閉じたのだから、私を引っ張る必要は無いだろう!
こうなったら、私の聖力でこの鎖を侵食してやる!
私は私の力を鎖にまとわし、取り込もうと画策する。元々は太陽の聖痕の力だ。出来なくもないはず!
左腕に絡みついた黒い鎖が色が抜けて、銀色になってきた。
「アンジュ!」
銀色の鎖と黒色の鎖の境目が断ち切られる。その反動で私は思いっきり後方に倒れた。
今まで重力の聖痕を使って綱引きをしていたのだ。それは勢いよく後ろにひっくり返る。
誰かが支えてくれたようなのだが、私は地面にめり込んだ。
「アンジュ……お前、体重どれぐらいあるんだ?」
地面にめり込んだ私を上から見ていたのは、困惑の表情をしていたファルだった。
恐らくファルが倒れていく私を支えようとしてくれたらしいけど、重力の聖痕の力に耐えきれずに、私を支えるのを諦めたのだろう。
「ファル様。女性に体重を聞くのは、一番嫌われることだからね」
「どう見てもおかしいだろう!人の形に凹んでいるじゃないか!」
「……『解除』。おかしいと思っているのに人の体重を聞くの!43キログラだけど!」
「絶対に嘘だろう!」
私が地面に埋もれたままファルと言い合いをしていると、ルディに抱き起こされた。いや、そのまま抱きかかえられる。
「アンジュ。鎖に捕まっていたのなら、そう言え。何が起こったのか一瞬わからなかったじゃないか」
「そうですよ。アンジュ自身に何かあれば、我々のいる意味がありません。それからファルークス。アンジュが浮いているのを見ておかしいと思わなかったのですか?」
ルディは怒っているような、悲しんでいるような表情で私を見てきた。普通に怒ってくれたほうが、私としては言い返せるから気が楽なのだけど。
私が言わなかったことを、神父様は聖騎士を信頼していないのかと捉えられると、遠回しに言ってきた。
いや、私は言おうと思っていたよ。だけど、見たこと無いほどの巨大生物がいたら、アレ何ってなるよね。




