334 二人の聖王vs妖狐
「ファル様!早く後方を封鎖して!」
後ろには下がることはないので、ファルの聖剣の力で塞いでしまっていい。
もう!早く封鎖してって言っているのに!何故かファルは後ろに向かって、木の杖を構えたまま動こうとはしない。
「ファル様!」
「いや、アンジュ。アンジュが出した透明な板が回っているのは、何をしているんだ?何気に恐ろしいのだが?」
……いや、鎖対策だけど?
確かに透明な手のひら大の六角形の板がクルクルと回転している。それも全てが同じ動きをせずに、前方に、後方に、斜めに、と言う感じでバラバラに動いている。
「え?一属性なら耐えれるから、属性を変えたものを遠くに飛ばしているだけだよ」
少しでも時間を稼ぐ対策だ。反転の盾に当たってただ跳ね返すのではなくて、勢いをつけて跳ね返している。これは少しでも二属性同時攻撃を避けるためだ。
しかし、今はバラバラに攻撃している鎖が、一旦引いて一気に攻撃してくれば意味がない。
「俺には鎖が見えないから、凄く恐ろしい」
「愚痴っていないで、早く!これも時間稼ぎでしかないからね!」
ファルを急かして、背後に結界を張るようにいうと、やっと木の壁を作ってくれた。さて、私の腕に巻き付いた鎖をルディに斬ってもらおうと、振り返ると思ってもみない光景が広がっていた。
「え?いつの間に巨大生物が出てきたわけ?」
私は後方の安全確保のため、ファルと言い合いをしていたので、何が起こったのか理解できなかった。
私の目に映った光景は……建物の柱のような大きさのもふもふの黒い毛なみの足。足しか見えないけど、銀髪の太陽の聖痕を掲げた男性が攻撃をこっちに向かってしてくるので、敵だということはわかる。
しかし、これ……神父様の結界がなければ、微妙に魔術攻撃が当たる位置だよね。
「アンジュがファルークスのことを役立たずと言ったあたりだな」
「私が後ろを振り返って直ぐじゃない!」
なんと、私が後ろを振り向いた直ぐ後に、巨大生物が出てきたようだ。
「見たことがない獣でしたので、何かがわかりませんね」
神父様が見たことがないということは、よく見る魔狼のたぐいではないのだろう。いや、そもそも建物の柱のような太さの足の獣は騎獣でも魔物でもいない。
私の知識などしれているので、世界には思ってもみない生物がいるのかもしれない。
「あれは黒狐が獣化した姿だ。妖狐にしたらちと大きいが、尾が九本あったから、間違いはねぇだろうな」
酒吞がウズウズとした感じを隠しきれずに、教えてくれた。酒吞としては戦いたいかもしれないけど、これは所詮幻影だからね。
それにしても、獣化って巨大化するものなのだろうか?
「ねぇ、それにしては大きすぎない?」
二十九階層に降り立つ出口といえども、人が横に四人はならんで歩ける広さがあり、高さも人の身長の1.5倍はある。
恐らくこの頭上に身体があるのだと思うけど、ここから片足しか見えないというのは、ドラゴン並みの大きさということになる。
「普通はここまで大きな妖狐はいませんね。大きさはそのモノの力の強さに比例しますので、かなり強者でしょう。酒吞が戦いたそうにしていますからね」
茨木。酒吞が飛び出て行かないように、首根っこでも捕まえておいてよ。ここ以外に安全なところなんて無いのだからね。
後ろからも前からも黒い鎖で攻撃されているのだから。
私がモヤモヤと考え事をしていると、上の方から血だらけの塊が降ってくる。獅子王の成れの果てだ……間違えた。満身創痍の獅子王だ。
姿が見えないと思っていたら、ここから見えないところで戦っていたらしい。
すると横から月の聖女が駆け寄ってきた。そして、満身創痍の獅子王の治療をこんなところで行い始めたのだ。
何に対して祈っているのかわからない祈りのポーズを血だらけの獅子王の側で行っている。
『Ε∑Η∝∑‼ λβτΗΕξΜλρψ‼』
太陽の聖痕を掲げた聖王が叫び声を上げる。
それはそうだ。こんなところで、無防備になるような行動は控えるべきだ。せめて獅子王をどこかに引きずって移動させるとかすればいいのに。
いや、引きずれるほど月の聖痕持ちの女性の体格がいいわけではない。だから、この場で治療を行うしか無い。
そして案の定、月の聖女に対して攻撃する巨大な黒狐。踏み潰そうとしている柱のような足。
その足に複数本の金色の鎖が絡みつき、月の聖女の上に落ちてくる巨大な黒い足を止める。
だが、これは悪手だ。
獅子王は動けない。その獅子王を治療するため、月の聖女も動けない。唯一動けていた太陽の聖王は、聖女を助けるため、いくつもの金色の鎖を放って動きを封じたため、動けない。
ここで問題なのが、片足以外が自由な黒い妖狐の存在。
視界の半分以上を黒い何かが占め、黒い何かが通り過ぎたあとには太陽の聖王の姿は無かった。
「え?何に吹き飛ばされたの?ここからじゃ全体像が見えなくて全くわからない」
「尾が三本ってところだろう?」
「これはキツイですね。横に飛ばされましたね」
ああ、己の片足を拘束している者にめがけて、九尾の内の三尾を叩きつけたのか。……普通なら死んでいそうだ。相手が巨大過ぎる。
『γρααααααα‼』
すると叫び声と共に、倒れていた獅子王が立ち上がる。そして一気に駆け出し、紐のように舞っている一本の金色の鎖の端を掴み、力任せに引っ張った。
金色の鎖が切れてしまうかと思いきや、目の前の鎖が絡まった黒い片足が引きずられ、黒い巨体の全体像が私の目からもわかるほど、空に飛ばされた。
そして、私の左手も引っ張られる。
「うぎゃ!」
「アンジュ!」
ルディの焦る声を聞きながら冷静に思った。
いや、なんで獅子王が引っ張った鎖が私の左腕に絡まった鎖と繋がっているわけ?っと。




