329 閉じてもいいけど、一旦開くよ
巨大な常闇が隠されている。
考え方を変えれば、穴に蓋をして閉じたとも言える。
「そういうアンジュはどうしていたんだ?」
ファルが、私の常闇の閉じ方を聞いてきた。だから、私は左手をOの字に丸めた手をファルの方に見せて、それをキュッと更に指を丸めて隙間を無くした。
「私は初めて見たときに穴が深そうだと思ったから、常闇のモヤを中心に渦を作って落とし入れて、そのまま常闇も渦に乗せて下に落とすようにすると、必然的に世界の穴は引っ張られて閉じて行くんだよ」
「確かにセスト湖の常闇はそうやって閉じていたな。それに他の常闇も同じ様にしていたよな」
ルディは初めから私が常闇を閉じるところを見ていたから、わかっていたのだろう。
太歳が引っかかっているのを、常闇に落としてもらったのもルディだったし。
「そうですか。それがアンジュの言う閉じるイメージの違いですか。アンジュは穴を収縮させて閉じたのに対して、他の聖女は表面に蓋をして閉じたのですね。そのことにより、表面上は常闇が無いように見えていますが、その奥には存在し続けている……これはどこに常闇が開いてもおかしくはないという状況ですね」
神父様は冷静に分析をしているけど、はっきり言って恐ろしい状況であるには変わりない。
今まで疑問に思わなかったけど、死の鎖に囚われていた人の鎖は地面に繋がっていた。
まさか蓋をしてあるだけの常闇の上で人々が生活をしているとは思わないじゃないか……あれ?凄く恐ろしいことに気がついた。
「ねぇ。聖騎士団がある王都の北側も常闇があるよね」
すると三人の視線が突き刺さってきた。
それは勿論ルディとファルと神父様だ。酒吞はニヤニヤと笑いながら私たちの話を聞いており、茨木はフラフラと獅子王の幻影の隣に立って、常闇の中を見ている。鬼たちは気ままなものだ。
「アンジュ。なぜ、そう思った?」
「ルディ。そのセスト湖に行ったときにファル様が死の鎖に絡まれていたのだけど、その鎖って第13部隊の詰め所の床に繋がっていたんだよね。常闇があるよね?」
すると三人が唸りだした。まさか常闇の上に聖騎士団の本部が建っているとは思わないよね。
「アンジュ。帰ったら閉じてくれ」
「え?一旦強引に開いてもいいのなら」
「「「……」」」
ルディの閉じて欲しいという言葉に、常闇を一旦開くよと言えば三人とも黙ってしまった。
強引に開くと世界が悲鳴を上げながら、鎖を放ってしまうからね。でも中心点がわからないと、常闇を閉じれないよ。
「しかし、全然閉じないよね」
時間が経過したのに、全く閉じる様子がない常闇。いや転移で出来た穴。
すると獅子王の隣に立っていた茨木が顔を上げて、私達の方を見て叫んだ。
「黒狐が来ます!」
そして次の瞬間には酒吞の隣に立っていた。茨木は何をしているのかと思ったら、黒狐の王妃を警戒してくれていたらしい。
しかし、獅子王も銀髪の聖女と聖王も動きがない。やはり黒狐の王妃の姿は茨木と酒吞しか見えていない。
常闇の端を見ていると、黒いモヤがザワザワと出てきた。でも私達に背を向けている三人の動きは見られない。
「こえーこえー。女の足を掴んでいるぞ」
酒吞が銀髪の聖女の足を、黒狐の王妃が掴んでいると言っているけど、私には三人の足元に黒いモヤがあるようにしか見えない。
「ルディには見える?」
ルディにはどう見えるか聞いてみると、私を抱えながら、剣を抜いていた。
「全く見えない」
見えない?そうか、三人も見えないのか。だったら、酒吞と茨木に見えている黒狐の姿はなんだ?
妖怪だからか?
そう言えば茨木が変化していると言っていた。
私がどういうことだろうかと考えていると、銀髪の聖女が常闇の中に引きずり込まれる。
「は? なぜ、銀髪の聖女だけ引きずり込まれたの?」
「引きずり込まれたのか?足をすべらせたように見えたが?」
うーん?こういう見え方の違いがあるのか。
でも、聖女だけが常闇に引きずり込まれた理由がわからないな。
その聖女が落ちたことで、銀髪の聖王が慌てて、手を伸ばすも全然かすりもしなかった。
……いや、金色の鎖を常闇に向けて出す。
そして聖女を捉えたのか、鎖を引いている。獅子王はというと、何か慌てたように何処かに消えて行った。
『ユルシマセヌユルシマセヌアナタノトナリニワタクシイガイガイルコトナドユルシマセヌ』
また恨み言をいう黒狐の王妃の恐ろしい声が聞こえてきた。怖いよ。
それから銀髪の聖女を引きずり込んだのは、嫉妬だったらしい。いや、殺したいぐらい獅子王を恨んでいたよね?獅子王の隣にいるのは己しか許せないなんて矛盾している。
これは愛憎はなんとかと言うやつか?
聖女を常闇から助け出した銀髪の聖王は、彼女を抱えてこちらに向かって駆けてくる。
そして、私の方をちらりと見て通り過ぎて行った。何が言いたいわけ?
「アンジュ。どこに逃げる?」
「え?逃げる?」
ルディが何を言っているのかと首を傾げていると、地響きが鳴り響いてきた。
「ヤバイ!シュテンが言っていたとおりだった!!」
ファルが叫んで見ている方を見ると、王城の高台がこちらに向かって移動してきていた。
え?こんなの逃げ場なくない?幻覚で圧死するよ。




