325 この場所の正体
「リュミエール神父。言っておきますが、俺もシュレインもアンジュが言っている黒いモヤも鎖も見えないので、どうしようもないと思います」
ファルが世界の方が問題だと言っても、肝心の黒いモヤも鎖も目視できないのだから対処のしようがないという。これが一番謎だね。
私には黒いモヤに見えて、酒吞と茨木には黒狐の王妃に見えて、他の三人は何も見えない。
見え方が違う意味があるのだろうか。これが幽霊とかいうものなら、人によって見えかたが違うかもしれない。だけど実際にファルが攻撃して、ダメージが通ったのだ。そしてその反撃として、黒い鎖が放たれた。
見えないという以外は行動的に何も問題がない。
「それに世界が敵だというのであれば、今この瞬間、攻撃されないのもおかしです。我々はここから動かずにいるので、標的にするのであれば、今されないのもおかしいです」
これは上は聖剣の力で塞いでいるけれど、下の階層から攻撃されるだろうと、ファルは言いたいのだろう。
世界にとってダンジョンだろうが、街の中だろうが、森の中だろうが、そこに常闇があれば関係ないのだから……。
そう言えば、さっき私が結界が壊れそうだからと、進むのを躊躇したとき、神父様はそのまま進むようにと言ってきた。もしかして……。
「神父様。ファル様が攻撃したあとの鎖は見えていた?」
「ええ、見えていましたよ」
この悪魔神父はいけしゃあしゃあと、その前に言っていたことを覆してきた。
「リュミエール神父。見えていないと言っていましたよね」
ルディもさっき言っていたことと違うじゃないと、機嫌悪く聞き返している。ここで仲間割れは駄目だよ。
「アンジュに聞かれたときは見えていませんでしたよ」
神父様の目には見えているときと、見えていないときがあるようだ。だけど、理由をつけようと思えばできる。
「そもそも、ここは常闇の中なのですよ。鎖が見える条件があるように思えましたね」
「はぁ。やっぱりそうかぁ」
神父様の言葉に、項垂れてしまう。
さっき思ったんだよ。黒い鎖ってそもそも常闇からしか出てこない。なのに、ダンジョンの二階層から存在していた。
ダンジョンの仕様だと思っていたけど、二十五階層を見てヤバイなとは思ったんだよ。だから神父様も引き返す選択肢を出したのだと思う。
だけど引き返すのも進むのも、ここまでくればどちらも大差ないだろうね。
「常闇?どういうことです?リュミエール神父。それにアンジュも同じ考えなのか?
」
ルディが周りを見渡して、警戒感をあらわにしているけど、ここは真っ暗闇なので、私の聖痕の光が届く範囲しか目視できない。それにここが常闇だと言われても信じられないだろう。
「多分ここ、黒狐の王妃が落とされた穴だってこと」
「いや、アンジュ。それはおかしいだろう」
直ぐ様、ファルが否定してきた。おかしい。確かにおかしい。
「常闇の中にこんなダンジョンが作れるっておかしいよね」
「そこじゃないだろう!」
ファルが突っ込んできた。
でもさぁ。常闇の中って、どこかに通じている穴だと思うんだよね。そんな中に三十階層のダンジョンを作ろうっていう発想が逸脱していると思う。
「二十五階層で見たことと、アンジュが言っていることが違うだろう!」
言いたいことはわかる。王城の高台から見えるところに、黒狐の王妃が落ちた穴があった。けれど私達がこのダンジョンに入ってきたのは、王城の高台の下から地下に潜っていったのだ。
ファルは場所が違うと言っている。
「酒吞。酒吞ならさっきの穴を塞ごうと思ったらどうるす?」
私は、一人どこからか取り出したのか、干し肉をバリバリ食べている酒吞に聞いてみた。
人が食べてるのを見ていると、私も小腹が空いてきたよ。
「ああ?あの黒狐が落ちていった穴か?塞ぐなんて無理だろう?」
「普通は無理なんだけど、穴から敵がとめどなく出てくるってなったら、塞ぎたくない?」
「ぶっ殺せばいいだけだろう?」
駄目だった。鬼である酒吞は好戦すぎた。
「アンジュ様。そういう言い方では、駄目ですよ。そうですね。地獄の釜の蓋が開きっぱなしになったとしたらどうですか?」
「蓋をしろよ……ああ、そういうことか。でっけぇ建物があった小山を逆さにして、ぶっ刺せばいい」
「え?逆さ?」
いや、私は穴を塞ぐために、高台をゴリ押しでスライドさせたのだと、考えたのだけど……逆さって……。
「アマテラス。穴に建物の一部でも詰めておけば、栓になるんじゃねぇのか?」
建物の一部を栓にする。
私は神父様に視線を向ける。このおかしなダンジョンの元は獅子王の城の一部だったのではと。
すると、神父様が目線だけで頷いてきた。そういう考えもできると。
「いや、シュテン。高台を逆さにする自体、無理だろう」
ファル。酒吞と茨木は鬼だからね。人じゃないからね。
「ああ? できるだろうそれぐらい」
……人と鬼とでは、噛み合わない話になってきているけど、獅子王は恐らく酒吞よりだと思われるから、できると私は思う。
いわゆる、パワーファイターということだ。




