313 あとどれぐらい保つ?
「あった!」
鬼の二人がいる前方にポッカリと空いた穴を見つける。
私はルディの腕から重力の聖痕を使って抜け出した。
「アンジュ!」
「ファル様の回収!あの穴に飛び込むよ」
幻影を吹き飛ばしてもそれは幻影を構成している魔力を吹き飛ばしただけなので、直ぐに魔力がこの場に満ちれば、再度同じ光景を見せつけられるだろう。
「ファル様!飛ばすよ」
爆風に飛ばされて、もろに石の壁に当たって、頭から血を流しているファル。そのファルに天使の聖痕で治療をして、重力の聖痕で前方に飛ばす。私より大きなファルを運ぶのは非効率だ。そんなものは適任者に任せよう。
「酒吞、ファル様を回収後に穴に飛び込んで!」
酷いかもしれないが、意識がないファルを二人の鬼がいる場所に向かって飛ばす。
吹き飛ばされた魔素が戻ってきたのか、辺りがキラキラと光ってきた。
「ルディ! 神父様も行くよ!」
私は重力の聖痕で飛びながら、二人の腕を掴んで足を進ませる。
そして鬼の二人が黒くポッカリと空いた穴に飛び込んだ後に続くように、私達も飛び込んだ。
その瞬間、上から熱気と赤い光が降り注いでくる。
ギリギリだ。思っていた以上に再構築が早かった。
この幻影は精神に影響与えるものかもしれない。
この熱気。本当に普通じゃない。
あれだ。何も傷つけられてはいないのに、思い込みで人が死んでいくような感じで、恐らくこの炎に触れれば、焼かれるという思い込みが生じて、身体が火傷を負うのかもしれない。
酒吞に担がれているファルを見る。
今は私の聖痕の力で綺麗にしたけれど、むき出しになっている顔の一部が高温の炎に焼かれたように炭化していた。
これはマジでヤバイかもしれない。いや、結界を使えている。正確には空間を隔離できる能力がある神父様がいてこそ、今まで私達は無傷だったということだ。
「アンジュ。もしかして私を盾にしましたか?」
私が思考の海に没していると、笑っていない笑顔の神父様に問いただされた。
「聖女を守るのが聖騎士の役目。神父様、ナイスフォロー」
私は親指を立てて、私の行動の正当性を返す。
「聖女は嫌だとか聖女じゃないと散々言っていたのは誰ですかね?」
「私だ!……でも、現実問題神父様には助けられた。思っていた以上にここは危ない」
「おや?珍しくどうしたのですか?」
珍しいって何?
私は神父様をひと睨みしてから、酒吞の元に足を進める。とは言っても階段状になっているところで、重力の聖痕を使って進んでいるので、実際は浮遊している。
「酒吞と茨木は火傷はしていない?」
「ん?あれぐらい大したことはねぇ」
「自分の身ぐらい守れますよ」
そうか。この二人は最初からその事には気がついていたのか。
「ファル様はどうかな?わかるところは治したのだけど」
「頭を打って気絶しているだけだから、大丈夫だろう。これで意識があったら大変だっただろうな」
「不幸中の幸いですね」
恐らく吹き飛ばされたところが火の海の中だったけれど、頭を打って気絶したおかげで、丸焼きにならずに済んだってことだね。
「何の話をしているんだ」
私が空中に浮遊しているにも関わらず、再びルディに抱えられてしまった。
「ファルークスがどうかしたのですか?吹き飛ばされて、頭を打っただけではないのですか?」
神父様もこちらにやってきた。私はその神父様に向かって質問をする。
「あとどれぐらい、結界を張り続けられる?」
すると胡散臭い笑顔の神父様の笑顔に深みが増した。怖いよ。
「いくらでも。この私を舐めてもらっては困りますね」
そう、ならば後二十四階層から三十階層……いや二十九階層か。あと六階層は大丈夫か。
「アンジュ。リュミエール神父。何の話をしているんだ?」
そうか。ルディは一階層から聖痕を使っていないから気がついていないのか。
「恐らくここでは使える聖痕の力の量が決まっているようです」
神父様の言う通り。これが王側に起こる負荷だ。今まで世界の力を無尽蔵に使えていたものが、ここでは制限されてしまっているのだ。
「多分ね。聖痕の大きさによって使える量が変わってくるのだと思う」
私は途中で天使の聖痕を盛大に使ってしまった。そう、黒くカサカサと動く物体を焼いて始末したのだ。
その時思った。
あれ?直ぐに力が満たされる感じがしないと。
恐らく原因はここに満ちている聖力の揺れだ。取り込めないことはない。だけど、使って減る量と聖痕に満たされる量のバランスが取れていないのだ。
気がつくのは一気に使った後か、半分以上使い切った頃だろう。いつもと何か違うと違和感を感じるのは。
私の天使の聖痕が使える量は徐々に減ってきているのがわかる。今の私は常に辺りを照らす光源の役目をしているからだ。それは重力の聖痕も同じ。徐々に力が減っていっているのがわかる。
そして、神父様も同じだろう。常に結界を張り続けているからだ。
「だけど、あと六階層なら保つ」
何も無ければの話だけど。




