312 これは本当に幻影?
「ねぇ……」
私は出てきた疑問を口に出そうと、顔を上げてみる。あれ? 先ほどと何も状況が変わっていない。
ドラゴンと聖王との決着がついたわけでもなく。人々が炎から逃れられたわけではなく。未だに何を燃やしているのかわからないほどの勢いがある炎で、周りは満たされ、聖王の菜園の結界に守られたところにいる獣人は争いをしている。
何も変わらない。次の階層に行くための階段も現れない。
「もしかして、この現状は行き詰まっている?」
「先に進めそうにないな」
「やはり、何者かの意思が感じられますね」
「なぁ、魔力が駄目っていうなら、別に聖痕の力なら良いんじゃないのか?」
ルディと神父様はこの状況に、どう手を打とうかと頭を悩ませているというのに、ファルは安易な考えを口にした。
私は聖女の立場を口にはしたけど、王の立場は言ってはいないよ。だけど、考えればわかるよね。
「ファル様。馬鹿」
「ファルークス。それはやめておけ」
「先程の話を聞いていなかったのですか?マリアもそうですが、アイレイーリスは考えが浅はかなのではないのですか?」
神父様。ファルとシスター・マリアでディスっているけど、それはルディの母親の悪口にもなるよ。……いや、甘い考えを持っていたから、結局彼女はこの世界に囚われ、死ぬことを選択してしまったのだ。
「なにか皆して酷くないか?」
ファルが文句を言ってきたけど、本当のことだ。何もおかしなことは言ってはいない。
「あの?……私がしましょうか?火がない状態にすればいいのですよね」
茨木がこの燃えているようで、何が燃えているかよくわからない炎を消すと言ってくれた。
しかし、火を消すと言っても、一部ではない。王都全域が炎に満たされている。この範囲の炎を消すのは些か一人では無理だよね。
「茨木。そう言ってくれるのは嬉しいけど、この範囲の火を消すのは難しいと思うよ。普通の火でもなさそうだし」
「ただの幻影ですよね」
言われてみれば幻影なのだけど、恐らく今回は私達が頑なに力を使おうとしないから、使わざる得ない状況に持ってきたのだと思われる。
ドラゴンを倒すか。若しくは炎を消すか。どちらか、若しくは両方の条件を達成しなければ、先に進めないようにされたのではないのだろうか。
「幻影なら幻影ごと吹き飛ばせば良い」
酒吞が脳筋なことを言ってきた。幻影ごと吹き飛ばす?そんなことは可能なのだろうか。
「え?簡単に言っているけど、そんなことできるの?」
ん?茨木の言っていたことも幻影を吹き飛 ばすっていう意味で、火を消せばいいと言ったわけ?
確かに幻影を吹き飛ばせば、元々何処かにある下に降りる階段は見つかるわけだ。わざわざダンジョンの思惑に乗る必要もない。
「一人では無理ですが、酒吞とであれば、できますよ」
「おう!俺達は別に力の制限をされているわけじゃねぇからな」
彼らの妖力は何も阻害されていないので、今まで通り使える。そして、酒吞と茨木とであれば……か。
「先に進めなくなるのは困るからお願いしていいかな?で、二人は結界の外に出した方が良いよね」
そして私達は炎の海の中に降り立った。
熱い。マジで熱い。
彼らを外に出すために、一旦結界を解くことになってしまった。
今まで結界の中にいたから、全く熱さなんて感じなかったけど、マジで熱いのだけど?
これって本当に幻影?
「この幻影よくできているじゃねぇか」
「酒の匂いに誘われて、罠にハマった酒吞を思い出しますね」
「うっせー!」
あ……普通にあるらしい。それも酒吞は幻影に引っ掛かって罠にハマったらしい。
そして、炎の海の中を進んでいく鬼の二人の後ろ姿を見ながら、私はルディに神父様の後ろに陣取るように指で示す。
声に出すと神父様に気取られるから、言わないよ。絶対に後で笑っていない笑顔で文句を言われる自信があるからね。
鬼の二人が立ち止まったところを確認して、私は自分の耳を塞ぐ。
「アンジュ?」
ルディ。私を抱えていないで、ルディも耳を塞いだ方がいいと言おうとした言葉を、音がない音が呑み込んだ。
いや、劈くような音が通り過ぎ、その後に衝撃波が走る。
その爆風に煽られて飛ばされるファル。だからさぁ。酒吞が吹き飛ばすって言った時点で、何か防御を考えておくべきなんだよ。
私とルディはちゃっかりと、神父様が張った結界の恩恵に預かって無事だ。
そして辺りは炎の海も獣人たちもドラゴンも聖王も存在せず。ただただ広い石の床に石の壁、石の天井に囲まれた空間になっていた。
そう、二階層から十階層までの通路と同じ……いや少し広い空間が、私の天使の聖痕に照らされていたのだった。




