311 命の火を燃やす
「ルディ。この場は王と王妃の最後の役目を果たす場所なんだよ」
私は眼下に広がる光景に、ため息を吐きながらルディに説明する。
「その最終地点には何かある。ただ、その最終地点にあるものが予想できたというだけ」
「予想?……それはなんだ?」
そう。これは予想でしかない。実際には何が起こるかわからない。
「じゃ、この幻影は何から作られているかな」
「それは俺達から搾取した魔力だとアンジュが予想したよな」
この幻影で私達の膨大な魔力は消費され、すっからかんだ。ただ、聖痕の力は使える。
「で、最初の子供の死で獣人は悪だと印象付ける。そして心優しい聖女様は、幻影の子供に力を使うわけだ。それで、子供が助かったとすればどうかな?」
幻影に天使の聖痕の力を使っても無駄。そんなことはわかっている。だけど、使って子供が元気な姿になって目が合ってしまえば、この幻影は本物になってしまう。
「その後も使い続けるだろうな」
「そう、使い続ける。普通は聖痕の力は使い放題だけど、聖女様は違うよね」
月の聖痕は、他人の魔力を放出しているに過ぎない。ここではその力は最初の一度か二度が限界だろう。
「これは予想だけど、何処かにここで使われた力が溜められているのだと思う。魔力が乏しく、人から与えられた魔力を聖痕を通して使っている月の聖女の力が、使えなくなったらどうするのだろうね」
「恐らく、命の火を燃やして使うのだと思いますよ」
これは神父様が答えた。眼下に燃えて火の海と化している王都の姿を睨みながら。
その火の海の中を獣人たちは逃げ惑い、燃えていく。建物も街路樹も高台の上にある城も何もかもが、赤い炎に呑み込まれている。
しかし、一角だけ火の手が回っていないところがあった。そこは聖王が管理していた菜園。
人工の太陽が掲げられ、地面からは清らかな水が湧き出ている小さな菜園だ。
だが、今はそこに多くの獣人たちで溢れかえり、我先にと水を得るために争いが起こっている。
醜い。なんて醜いのだろう。争っているから本当に水が必要な獣人に行き渡っていない。
「はぁ、命の炎を燃やして助けても、天から降る星によって全てが破壊されていく。きっと心優しい聖女様の中は、絶望の嵐が吹き荒れていたことだろうね」
しかし、この炎はおかしいな。どれぐらい燃えているかはわからないけど、全体的にムラがなく燃えているという感じだ。
「これ、なんの炎かな?普通の火事にすれば、おかしいよね」
「あれじゃねぇのか?」
酒吞が斜め上を指して言った。
その指し示した方に視線を向けると……
「硬そうな肉だね」
「アンジュ。お前の中のドラゴンは肉なのか?」
ファルが呆れたように言ってきたけど、アレは硬そうだからいらないよ。
「あれがアースドラゴンですかね? 表皮は岩のように頑丈だと聞いたことはありますが、実際に見るのは初めてです」
「神父様。これ幻影だからね」
そう、高台の上には岩のようなゴツゴツとした巨大なドラゴンが炎を吐き出していた。その周りで小さな羽虫のような者が戦っている。ドラゴンと比較すると虫のようだけど、恐らく聖王だろう。
「で、アンジュ。続きは?」
ルディが話の続きを催促してきたので、仕方が無い。話を戻そう。
「あと何階層だっけ?どれぐらい絶望を見せつけられるのかわからないけど、最終地点にたどり着いた頃には、聖女様の中には何も残っていないんじゃないかな?」
「何も残っていない?力がってことか?」
力もだけど……
「絶望の上に絶望を塗り重ねられて、心の中には虚無しか存在しないかもね。まぁ、私はそんな心を砕いてやるなんてことはしないから、予想だけど」
私は優しくはない。生きることに貪欲だ。だから、私に聖女の役目を与えたことに、世界は後悔しているかもしれない。
「で、予想の範囲はでないけれど。その全てが空っぽになった聖女に今まで溜めた魔力をブチ込めばどうなるかな?」
「アンジュ。言い方が悪いですよ」
「神父様。でもそうだよね。例えば私の魔力、ルディの魔力、神父様の魔力、ファル様の魔力を月の聖女に与えればどうなるかってこと。それも心が無い聖女にだよ」
「アンジュ。それは普通に死ぬぞ」
ファルが月の聖女の死を言葉にしたけど、ここに来た時点で死から逃れられない。私が言いたいのはそういうことじゃない。
「魔力から聖力への変換が行われるってことか?」
「ルディ。当たり! 必要なのは魔力を聖力に変える月の聖痕。そして、その力を世界が喰らう。ってな感じだよね。神父様」
私は神父様に同意を求める。この場所はただ王と聖女の死地というだけじゃない。世界に失われてしまった力を与えるためのシステム。
……あれ? これじゃ、ちょっとおかしなことが出てくる。




