309 一人か千人か
『ΑχρΔ―!βΜς∑κλΕβ―!』
銀髪の男性は何かを叫んだ。だけど何を言っているのかはわからない。すると、簡素な布で囲ったテントから、緑の手を持つ女性が出てきた。
そして、よろめきながら地面に手をつく。スラムの周りから何かが出てきた。
ツタのような物が伸びていき、強固に絡み合っていきながら天に伸びていった。
すると一本の巨大樹が現れたのだ。
「おお!英雄と称賛すべきかな?犠牲を最小限に抑えたよ」
今は木の洞のようになった巨大樹の中で彼は一人スラムに侵入してきた魔物を駆逐しているのだろう。
「称賛……か?」
「ファル様は不満?」
手袋に覆われた右手を見ているファルに聞いてみる。全ての人々を守れなくても、今できる最善策を彼は緑の手を持つ女性に命じたのだ。
「これは……」
そう言ってファルはうつむいてしまった。ファルの言いたいこともわかる。
「銀髪の人は王の気質を持っている人だね。緑の手を持つ女性を犠牲にして、人々の命を守ったんだよ」
「そうだ!こんなに力を使えば、身体が保たない!」
ファルが何かを吐き出すように言った。銀髪の男性は緑の手をもつ女性の命と人々の命を天秤にかけて、人々の命をとったのだ。
だって彼は別の選択肢が出来たはず。そう、血族と思われる月の聖女のみを助ける選択肢だ。
そして、聖痕の力を無限大に使えるかといえば、そうじゃない。聖痕の大きさによって使える力の量が変わってくるのはもちろん。聖痕の大きさに合わない力を使おうとすれば、聖痕はその力で焼けると言われている。実際に見たことはないけど、自分の聖痕の力の容量はわかるものだ。これ以上使っては駄目だと。
緑の手を持つ女性は、植物を成長させるために、既に一度聖痕の力を使い、倒れている。これ以上は身が持たないということだ。
それを押して力を使えば、身体は聖痕の力によって崩壊しだすのだろう。これは世界の力だ。人の身には大きすぎる。
「ふーん。じゃ、白銀の王様が、ファル様に聖痕の力を使って死んでくれって言ってきたらどうする?」
王様大好きファルがハッとなって顔を上げた。
聖騎士となれば、いつ命を落とすかわからない。その死が王様からの命令だったら、嫌だと言うのかと私は質問したのだ。
「それは名誉なことだ」
「と、いうことだね」
この場に人々が集まったということは、彼のカリスマ性に惹かれて人々が集まってきたのだろう。最初は復讐者だったかもしれない。でも彼は王の気質を持って人々を扇動していった。
緑の手を持つ女性もそんな彼に惹かれて、無理を押して人々の食べるものを作っていたのだろう。
ただ、これから人々は食べるものを自力で確保しなければならなくなった。外は魔物が溢れ、巨大樹の中が安全かというと、恐らくそうではないと予想ができた。
「次の階層の道が見当たらないですね」
神父様の言葉に私も下を見る。しまった!無意識で巨大樹が生えだしたときに、私は下がってしまったのだ。そう、入ってきた海辺の方に。
「ごめん。下がりすぎた」
次の階層への道は巨大樹の中にあるのだろう。私は下がってしまった分進ませる。
幻影でしかない巨大樹の幹を通り抜け、巨大樹の中に入る。
突然、幻影の魔物が横をかすめていった。
思わず手を出そうとして、違和感を感じて手を止めた。本当にこの幻影は言葉以外本物ぽくって、心臓に悪い。
まだ、戦いは続いていたらしい。
「おや、まだ生きてはいるようですよ」
神父様がある方向を差して言った。そこには淡い光を放ちながらも月の聖痕を掲げた女性が、緑の手を持つ女性の手を握っていた。
治療をしているようだけど、右半分が焼かれたように炭化してしまっている。きっと聖痕が世界の力に焼かれてしまったのだろう。
でも、魔力を力に変える月の聖痕の光具合は先程と比べるとうっすらと光っている程度だ。
そして、その脇に次の階層への階段が口を開けていた。
「嫌がらせにも程がある」
どう見ても彼女は助からない。その死を見せつける意味はなに?そう、私は無意味に彼女を助けることはしない。
そして、今までもそうだった。私の聖痕の力がバレるようなことはしなかった。そう初めて死の鎖というものを見て、目の前で冒険者が魔物に襲われて死んだときも、私は何も手を出さなかったのだ。
冷酷だと言われても別に構わない。だって、私はむやみに聖痕の力を人に見せることは、人としての尊厳を失うことと同意義だったから。
「そうですね。最初から聖女に力を使わせるような感じでしたね」
神父様の言葉に私は次の階層に移動していた動きを止めた。聖女に力を使わそうとしていた?
「え?ごめん。そんなこと全く思わなかったよ」
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短期連載開始
『虐殺皇帝と悪魔と呼ばれた私~あのさぁ、平民が皇帝と結婚できるわけないって馬鹿でもわかるよね〜』
これは短編『執着心が強い皇帝に捕まってしまった私の話〜あのさぁ、平民が皇帝と結婚できるわけないって馬鹿でもわかるよね〜』の長編化したものです
あらすじ
親に捨てられた私は一人で生きるべく知識を得るために、図書館通いをしていると“じぃ”と名乗る老人に攫われてしまった。
どうも老人の孫と友達になって欲しいという胡散臭い話だ。それもそのはず、皇帝の第一子というじゃないか。
これは友達というより、生贄だね。
そんな出会いから始まる。皇帝と私の攻防。
20話完結ですが、一部短編と被っているので、複数話投稿で、一日2回。
11時と20時に投稿。サクッと終わります。
が1話5000文字ですので、お時間とご相談の上でお願いします。
短編の【執着心が強い皇帝に捕まってしまった私の話〜あのさぁ、平民が皇帝と結婚できるわけないって馬鹿でもわかるよね〜】は長編と一部重複箇所がありますので、検索不可にしていますが、完結後は元に戻します。
ご興味があれば、よろしくお願いいたします。
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