299 知識は武器
「えっと、いつまでこの状態なのかな?」
食事を終えて、各自に与えられたテントの中。私はルディにギュウギュウに絞め殺されていた……いや、抱きかかえられている。
「俺が満足するまで」
今日、ほとんどルディに抱えられていた気がするのは気の所為だろうか?いや、気の所為ではない。1階層も半分はルディに抱えられていた。空中移動している時はずっとだ。
「そろそろ満足してくれていいと思う」
「アンジュを失った俺には、全く足りない」
それは幻影だからね。私は悪くないからね。
「それに、胸くそ悪い物を見せられた」
「だから、私は言ったじゃない。ここは死に向かう王と聖女のために作られたところだって」
「だからと言って、コレを見せたところで何の意味がある?」
何の意味か。それがわかるのは恐らく最終地点である30階層。そして、真の意味を発揮するのはただ一人しかいないという月の聖女がこの場にいることで、何かがあるのだろう。
ふとこの時、彼女の言葉が気になった。朧が日本語で言っていた言葉を記憶して伝えてくれた言葉だ。
『世界に殺される』
と、もしかしてここが関係しているのだろうか。彼女に確認してからここに来たほうが良かったのかも知れないけど、ルディが側にいることが多くて私が一人になる時間が皆無だった。
っていうかいつも一緒にいるんだから、足りないことは無いはず!
「アンジュ。何を考えているんだ?」
「別におかしなことは考えていないよ。毎日一緒にいるのだから、もう解放してくれていいと思う」
「はぁ、ここに来てアンジュがその内、俺を置いてどこかに行ってしまうのではないのかと、不安でしかない」
確かに自由に生きたいとは思っているけど、誓約に縛られている今の私の居場所は聖騎士団だ。
「アンジュは昔から多くのことを知っていたが、ここに来て更にアンジュが遠くに感じる。アンジュ、俺に何を隠しているんだ?」
ふぉ!直接聞かれてしまった。いつかは聞かれるとは思ってはいたけど、今ここでか。
「隠していることはあるよ。でもこれは私が死ぬまで口にすることはないかな?」
そう言って私はへらりと笑う。異世界転生しているだなんて頭のおかしい子発言は絶対にしない。……大分ボロが出ている気もするけど。
「隠していることがあるのか?」
そんなに真剣な顔をして聞いてこないで欲しい。
「あるけど、私が天使の聖痕を持っている以上に言いたくないね。知識は私にとって武器でもあるし、それを誰かに開示することはない」
そう、前世の記憶を元に作った魔術は数多くある。けれど、それを真似することは誰にでもできることはなく、できてもほんの一握りの人たちだけ。私を抱きかかえているルディとかね。
「知識は武器か……あのヒコウセンはどうやって飛んでいるとか?」
「飛行船?流石の私も詳しい機構はわからないよ。ただ、軽い気体を詰めれば飛べるということは知っている。ああ、ここを出たら見せてあげる。簡単なものぐらいはできるよ」
「それは楽しみにしておこう」
気球の方法を使えば、簡単なモノは作れる。
「アンジュ。このまま進むつもりなのか?」
ルディは3階層から言っているけど、私がこのダンジョンを進むこと止めさせたいようだ。まぁ、ここが聖女の死地だと私が言ったからなんだけど、それは私には当てはまらないからね。
「ルディ。私はここにいる存在から聖女は一人だと聞いたよ。それは月の聖女。月が太陽の光を反射するように、月は力を受け入れて放出する力があると私は思っている。ここはそれを行うシステムが組み込まれているのだと思う。聖女の命そのものを力に変換する何かが」
「命そのモノを?」
「これは私の予想ね。確証はないよ」
するとルディは考え込んでしまった。いや、私はただ単に予想を口にしただけで、真剣に考え込まないで欲しい。
「母上の躯は貴族共に王都の外に打ち捨てられたと世間一般的にはなっている」
ああ、ルディの母親の月の聖女は自死を選んだからだろう。宗教的な考えでは、神から賜った命を蔑ろにする行為だと、大罪人扱いされている。
「しかし、玉座で毒杯を煽った母上の姿は倒れるまであったが、次の瞬間には忽然と消えた」
「え?」
「リュミエール神父曰く、世界に呑まれたらしいが、その瞬間を見ていなかった俺には理解ができなかった。まぁ、幼かったのもあるが」
これが神父様が言っていた、結局結末は変わらなかったということだろう。自死をしたルディの母親も、王という存在を失い事切れるように死んだ神父様の母親も、結局世界の常闇に呑まれたということ。
しかし、このダンジョンがあるということは、そのような死を世界は望んでいなかったのではないのだろうか。
ただ、真実を目にしたことにより何かが起こるのか、この過程に何かがあるのか、まだわからないけれど、月の聖痕が鍵となることがあるはずだ。




