295 灰狼と人族
「そう言えばさぁ。神父様はなぜキルクスに飛ばされたわけ?」
「おい!アンジュ!」
私の唐突な質問にファルは何を言い出すんだという感じだけど、ただ飛んでいるだけじゃ暇だからね。
「だってさぁ。ここの第12部隊が管轄している地域って、あの山脈に隔てられて色々不便だよね」
そうなのだ。第12部隊が管轄している国の南側は高い山脈が北側にそびえ、南側は海となっている。いわゆる王都からの情報が入りにくく、隔離されたような地形だ。
「だから、神父様はキルクスという名をブランド化できるほどの騎士を育てられたのだと思ったのだけど?」
「おや?アンジュは言わなくてもわかると思っていましたが?」
わかっているけど、それは私の予想であって、神父様からの口から出た言葉じゃない。
「で、どういう理由?」
「そうですね。表向きは、聖騎士の卵を育てる任務ですね」
「本来の理由は?」
「スラヴァールから私を切り離すためですね」
「白銀の王様を傀儡にしようとしたってこと?」
「ええ、ですがスラヴァールは見ての通り強かですからね。後はこの地は厭われていますからね」
白銀の王様の中にあるのは貴族への復讐なのだろうと私は思っている。だから、簡単には騙せ無いし、言うことも聞かないだろう。そして、逆にしてやられてしまい、貴族たちは強硬手段に出ることになった。白銀の王様毒殺事件。死んでないけどね。
しかし、この地が厭われているってどういうことだろう。私はそんなことは耳にしたことがない。
「神父様。最後の言葉の意味がわからない。忌地だって言いたいの?」
「そうですよ。昔から何度か街が水没することがあるので、人が生きるには向かない土地だと言われています」
街が水没?大雨が降ったってこと?それとも川の氾濫?
私が生まれてからはそんな事にはなってはいない。頻繁には起こらないのに、忌地なんだ。
「少し大げさ過ぎない?川が氾濫したってことぐらいなら、土地の整備をすればいいと思う」
「海から水が押し寄せてくるのですよ」
神父様の言葉にハッとする。それはもしかして……。
「あ、それ!」
「津波か」
「自然には敵わないですからね」
私は神父様の言葉に納得し、酒吞が津波と言った言葉に、茨木が補足する。津波が押し寄せてくるということは、地震が起こったか、海底火山が爆発したか、その辺りだろう。
しかしこれもまた私が生まれてから地震というものに遭ったことがないので、確信は得られない。
「ふーん。だからこの地は、先程見た景色と違ってさびれているのか。建物を建てても流されるのであれば、流されても良い建物か流れない建物を建てるしかないよね」
田畑も緑豊かというより、植物が生きていくのに精一杯だという感じに受け取れる。塩害かな?
「それで目の前の人は、何かを決意して王都まで行くのかな?」
「さぁ。それはわかりませんが、ここも町に着いて終わりですよ」
そうか。あの山脈を越えるのは流石に無理なのかな?肩から矢が生えた人について行くと、さびれた農村という場所にたどり着いた。そこでは虐殺が行われていた。虐殺の中心にいる人物は灰色の髪に三角の耳が頭から生え、背後に同じような色の尻尾が見えている。
「灰狼か」
「狼族はうるさいから嫌いですね」
酒吞と茨木の見立てでは灰狼獣人らしい。まぁ、彼らの知識は妖怪の部類なので、正確には違うだろう。
その灰狼獣人に向かって、白髪の男は地面を蹴り上げた。
「灰狼に素手か威勢がいいな」
「灰狼の牙と爪を防ぐには刀一本は持っておかないと厳しいですね」
鬼の二人から見ても灰狼獣人は一筋縄ではいかないらしい。しかし、この言い方だと鬼の二人も灰狼と戦うのに剣を使うということなのかな?
「酒吞と茨木ならどうやって戦うの?」
興味津々で聞いてみる。すると酒吞はニヤリと笑みを浮かべた。
「今は一人だが、さっさと頭を潰すことが一番だな」
「仲間を呼ばれて囲まれると面倒ですから」
酒吞が言っている頭というのは、群れのリーダー的な存在のことかな?それが仲間を呼ぶ行為が面倒だと茨木は言っているけど、面倒なだけで、戦えないとは言っては居ない。
そんなことを話していると、肩から矢をはやした男性から光が漏れている。なんだろう?あれ。
振るっている拳に光が帯び、灰狼獣人に拳が重なると、爆発して灰狼獣人が後方に下がらされた。
「これは【火】にも満たない魔術ですね」
え?あれが魔術?出来損ないぐらいに歪に光っているけど?
「うーん?闘気って表現したほうが良いぐらい?」
しかし、これが魔術の始まりだったのだ。魔術という力を手に入れた人。彼は怒りに身を任せ、新たな力を手に入れてしまったのだった。
補足
津波の地震の原因はアンジュが赤い鳥を食べようとして登ろうとしていた山の火山性の地震です。




