291 見せつけられるモノ
「やっぱり、第一階層で干渉されたからかな?」
一番考えられるのは、最初にトラウマを見せつけられるという一階層目の時だ。ここで反応が二つに別れたことに意味があったのだと思う。
「魔力が無い酒吞と茨木は違和感を感じた。ルディとファルは幻影に囚われた。人の記憶に干渉するなんて、普通はできないよね」
はっきり言って形のない記憶というものをどうこうしようだなんて、無理だと言って良い。まぁ、脳や細胞に記憶が蓄積されるとは言われているものの、結局それを証明することはできていない。
「魔力を奪うことで、人の深層心理をむきだしにして、干渉するということなのかなぁ?」
それぐらいしか予想できないけれど、魔力を完全に奪えていなかった私に違和感を感じたということは、魔力は人の心の防壁もしているのかもしれない。
「それで奪った魔力でこの風景を構成している。ねぇ、これって本当にただの風景だったわけ?」
人の魔力を根こそぎ持っていくほどの魔力でわざわざこの風景を作りだしたのだ。ただの風景なわけがない。
「そうですね。風景は風景ですが、王都に行くまでの過程を階層毎に繰り返しましたね」
「え?本当に風景だけ?」
それも王都に行くまでの道を示しただけ?この轍の道を?
「でも若干時間が流れているような感じだった」
「街の中も通るが、その光景が変わっていたな」
ファルは階層を進むことで時間が流れていると感じ、ルディはその風景が変化していると言っているけど、肝心なものが構成されていない?
「人の姿は無かったわけ?」
「ありませんでしたね」
神父様がはっきりと否定した。人がいない風景に何の意味があるのだろう?
いや、前回と今回では既に違ってきている。本当であれば死の鎖に囚われた王と聖女が通る道だ。
まるで罪人のように鎖で囚われた王と聖女にダンジョンは何かを見せつけたいはずだ。
「もしかしたら、面白いものが見れるかもしれないね」
「アンジュ。面白いものってなんだ?」
「ルディ。ここは王と聖女の最後の死地。きっと絶望を見せてくれるのだと思うよ」
「アンジュ!それの何処が面白いんだ!っていうか、風景しかなかったと言っているだろう」
「ファル様。既に始まっているよ。ほら、遠くから荷馬車がやってき……はぁ?ちょっとどういう設定なわけ!」
私は轍の道の先から現れた荷馬車に驚いた。文明のレベルが違う。
荷物を乗せた自動車と言ってよかった。言い換えれば、トラクターのような屋根のない運転席の後ろに荷物を乗せる台車がついているという感じだ。
「一度文明が滅びたということか。だから神話時代と呼ばれている記録が残っていない」
私はこの事に背筋が凍った。これは滅びの歴史を見せつけるための巨大な装置なのではないのかと。
「それも獣人が存在しているし!どれだけ最悪なことが起こったわけ?」
荷車と言って良いのかわからないけど、それを操縦している者は頭の上に丸みを帯びた熊のような耳が生えていた。
ふと気になり空を見上げると、空を飛行している物まで確認できる。
「飛行船まで飛んでいる。これは完璧に一度世界が滅んだっていうことかぁ」
「アンジュ。アンジュは何を知っているのですか?」
神父様の言葉に私は肩をビクッと震わす。ヤバイ、いらないことを言い過ぎた。獣人も飛行船も存在しないのだから。
「おい、坊主。アマテラスは葦原中国のことも、高天原のことも知っていて当然だろう」
「そうですね。アンジュ様は我々の名も知っておられたのですから」
酒吞、茨木。そんな全部は知っていない。現に今はわからないことだらけだ。
ただ、ここから読み解くことが可能だということなだけ。
「神父様。私は何も知らないよ。だけど、これは世界の記憶を再現しているとすれば、神父様がここで古文書で見たという太陽の王と月の王妃の世界が、見られるんじゃないのかな?」
自動車に近い乗り物に、空を飛ぶ飛行船。この技術は現在存在しない。そして、私が見たことがない獣人の存在。これは黒狐の彼らとは違うように思える。
そして、今私の前を荷車のような物を操縦している人物は、こげ茶色の髪の色をしている。まぁ、熊っぽいからそうなのだろうけど、ルディのように影を背負っているようではなく、普通に生活しているような感じだ。
恐らくこの時代には常闇が存在しなかったと思われる。世界はまだ問題を抱えてはいないのだから。
「そうですか。因みにジュウジンとはなんですか?」
「え?」
……何と言われても、どう答えるべきだろう。
「獣の能力に突出した人?まぁ、普通に黒狼のような人たちが、人と混じって暮らしていたんじゃないのかな?正確には違うけど」
私は獣人がいた世界は知らないので、正確に違いを聞かれてもわからないけれどね。




